中沢家の人々(54)

紀子は山中医師に噛みつく様な勢いで、
「一体どの様に事情が変わったのですか?」
と問い詰めた。医師は気の毒そうな顔で紀子を見つめ直して…
「お母様は糖尿病でしたか?」
と逆に聞き返して来た。
紀子は驚いた顔で、
「母が糖尿病だなんて、全く知りませんでした」
と答えた。大体、母が病気なんかしたなんて聞いた事もない。
それで病院にも行かなければ、健康診断を受けた話も聞かない。
ちょっとした風邪ぐらいは数年に一回ぐらいは引くかもしれないが、それだって薬局の薬で直ぐに治ってしまうので殆んど病院とは縁のない生活を送っていた。その母が糖尿病だなんて信じられない。体だって肥っている訳でもないのに…
しかし検査も何もしていないのだから糖尿病があったかどうかは、本当の所は分からない。
「それで母の糖尿病と、頭の手術と何か関係があるのですか?」
紀子は理解が出来ないと云う思いで再び尋ねた。
「はい、糖尿病による血糖コントロールが悪いと手術自体がさらに困難になります。未だ入院なさって30時間ぐらいですからお母様の糖尿病の進行具合までは十分に把握出来ていなかったのです」
「母の糖尿病はそんなに悪いのですか?」
「入院時の血糖は280mg/dlでしたが、その後は一時的に700まで上がりました。ご存知かどうか知りませんが通常は100~140mg/dlぐらいが正常ですから、
700と云うと異常に高いです。我々脳外科だけではコントロールが出来ないので今は内科の援助も仰いでいます。
その様な理由で手術の危険度が
昨日より増しています。血糖値が800mg/dl以上になりますと、それだけで糖尿病性昏睡に陥り生命の危機ともなりかねないのです。多分お母様は自分が糖尿病であると云う自覚もないまま今日まで過ごして来たのではないかと…仕事がら肉体的に忙しく働いていますと、それだけで血糖は消費されますので、
ご本人は自分が糖尿病であるとは考えもしないケースもそれなりにあります」
医師の説明に紀子は淡い最後の希望さえ、打ち砕かれたかの様な思いで聞いているしかなかった。説明はさらに続く…
「ところがお母様は今回のクモ膜下出血で、体のバランスの全てが乱れ人工呼吸器に頼っている様な状態ですから、肉体労働により何とか血糖をコントロール出来る状態ではなくなってしまったのです。そこに今まではダマシ、ダマシ堪えていた糖尿病が急激に悪化して来たのです。現在は内科のサポートで血糖値を200~300mg程度で何とか維持していますが…」
紀子が堪え切れず口を挟んだ。
「それでも未だ高いですよね、正常に近い数値に持って行けないのですか?」
「それ程に単純ではないのです」
医師はどの様に説明したら理解してもらえるか、言葉を一つ一つ選びながら話しだした。
次回に続く
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