中沢家の人々(60)

清吉は自分がどんどん逆境に立たされて行く事態を嫌でも認識した。本当に何とかしなければ里美との関係も悪くなってしまう。焦りは感じるものの、良い手立ては全く思いつかない。
何とか「ことぶき」に帰り咲きたい。その延長線上でしか思考が出て来ない。自分がどの様な事を仕出かして、「ことぶき」を追われたのか考えが及ばないのだろう。
「母の富江から受け継ぎ、父の貞雄が建築した『ことぶき』を3店舗にまで拡張して行ったのは自分の手腕ではないのか?」
清吉は自問自答した。
「その『ことぶき』に何故…自分が帰れないのか?」
途中のプロセスを忘れてしまえば、どう考えても腑に落ちない清吉であった。妻の紀子に何もかも奪われてしまったと云う説明のつかない疑問だけが残る。
「里美と浮気をして子供まで作ったのが悪いと言うのか?
俺一人の責任じゃあないだろう。紀子の身体が子供の出来ない体質であった事が、全ての始まりではないか?…紀子もそれを認め一時は外で子供を作っても良いと言ったじゃあないか」
あれこれ自分勝手な理屈を思いつくと、どう考えても自分の置かれた惨めな立場が何か腹立たしい。
「弁護士を立てて紀子と正面から渡り合うべきか?」
とも思ったが、少し冷静に考えると勝てそうにはない様な気もして来る。しかし心の奥底では何か釈然としない。
「ともかく『ことぶき』の誰かをこちらサイドに付けなければ事は始まらない。さて誰を味方にすべきかだが、なかなか適当な人物が見つからない」
そこから先が進まないのだ。
良い手立てが思いつかないまま、明朝もゴルフに出かけた。何故か久しぶりにシャンク(☆アイアンのフェイスとシャフトの付け根付近にボールが当たるミスショットで上級者に多いミス☆)の連続でスコアにならない。何もかも捨てて途中でギブアップしたくなった。その瞬間に「川崎」の名前が急に出て来た。「あいつも『ことぶき』の何処かの店長をやっているはずだ。あいつだったら板前としては俺の弟分だ。そうか、あいつから口説き落としてみよう。」
そう思いついた瞬間から不思議にシャンクは、ピタリと止まった。スコアも底々にまとまって来た。
さて問題は川崎が働いている「ことぶき」の店をどうやって探すべきかだ。
「待てよ、あの川崎を店長にしたのは俺自身ではないか!」
清吉は10年前の記憶を辿り始めた。余りにも「ことぶき」と隔絶した世界に身を置いていたので記憶自体が曖昧になっている。少しずつ記憶の糸を探ると視野が徐々に拡がって来た。
「そうか、ことぶき3号店の新橋で店長になっているはずだ。
あれは親父が火災事故を起こした年だ。そうか、あの年の確か霙まじりの寒い日だったな、親父が火災事故を起こしたのは…
あれから10年も経ってしまったのか!」
そう考えると、月日の流れの早さに改めて驚かされる清吉だった。
次回に続く
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