中沢家の人々(62)

清吉も少し元気を取り戻した。
やっぱり川崎は昔の恩を忘れてはいなかったと、自分の中の勇気を鼓舞した。そして決意を新たに清吉は話は切り出した。
「川崎君、実は折り入って相談があるのだ」
川崎はやや身を構え
「さて、私ごとき者に受けられるお話しなのか!…ともかくお聞かせ下さい、お役に立てられるかはその後の話として…」
と、それまでに見せていた満面の笑みを少し変えて清吉の表情に注意をしつつ耳を傾けた。
清吉も川崎の態度の変化に気付きはしたが、このままでは引き下がれないので一か八かの覚悟で話を続けた。
「相談と云うのは他でもないが、この私をもう一度お店の役に立つ様な仕事に再復帰出来ないかと云うお願いなんだ。君は今や「ことぶきグループ」の常務取締役だと聞いているし、何とか口添え出来ないかね?」
川崎は幾らか驚き顔で、
「再度社長の席に戻りたいと…」と、
聞き返して来た。清吉は慌てて首を振り
「何もそこまで図々しい事は望んでいないよ」
と、少しばかりへり下って答えた。川崎は疑わし気に、
「それでは、どんな役職をお望みなんで」と、
冷ややかに尋ねた。
清吉は照れ笑いをしながら、
「重役の端っこにでも加えて頂ければ、何の不服もないのだが」と言いながら、
川崎の顔を上目遣いに見た。
「重役の端っこですか!…私の一存では決めかねますので、仲道さんや紀子社長に一様は聞いてみます。でも本来なら、ご自身で仲道さんや紀子社長に聞いてみたら如何がですか?…今の社長は実の奥様でしょう。私なんかの口を借りるより話は余程早いと思うのですが!」と、
迷惑気に川崎は答えた。
清吉は弱り切った顔付きで
「それが出来るくらいなら苦労はしないよ」と、
川崎に助けを求める感じで迫ったが、予想以上に川崎は冷静だった。むしろ迷惑気であった。今更のこのこ出て来て何を言っているのだと云う雰囲気さえ漂わせていた。
「私の様な者で、どの程度のお力になれるのかは疑問ですがお話しだけはしてみます」
と、頼りない返事であった。
それでも注文した酒だけは酌をしてくれた。折角の銘酒であったが、何とも侘びしい味がして酔える様な心境ではなかった。
今の川崎は清吉が考えていた様な、自分の意向に何でも従う弟子ではなかった。
板前としても、経営者としても
清吉を遥かに超えている様である。清吉だけが社会の枠から取り残されている現実に、彼は痛い程に打ちのめされた。
川崎は幾らか笑顔を取り戻し、酒のつまみも色々と心配りをしてくれた。
「それはそうと、紀子社長のお母様がお亡くなりになったのはご存知で…」
「それは初耳だな、一体何時の事だ?」
「やはり、お知りにはならなかったので…ご葬儀の時にお見かけしなかったので、もしやと思ったのですが!」と、
川崎に言われ清吉はかなりのショックを覚えた。そこまで自分は紀子から無視されていたのかと、改めて考え直した。
次回に続く
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