中沢家の人々(68)

午後7時半、部屋出しの夕食が用意された。料理を運びながら旅館の女中が余計な事を言う。
「若くて、お美しい奥様と坊ちゃまの3人でご旅行ですか、良いですね!」
と言った、社交辞令に里美はムッとして奥様なんかじゃないと反論しかかったが、さすがに女中と言い合う話ではないと気付き自分を抑えた。そんな里美の胸の内には気付かず翔太の日焼けの詫びを入れるかの様に
「里美、ビールでも飲むか?」
と、清吉は笑顔で聞いた。里美にしても旅行先まで来て、あれこれ文句ばかり言っても始まらないので…
「そうね、私も少し頂こうかしら。生ビールの中ジョッキをお願いして」
と言って幾らか機嫌を直した。
清吉が生ビールを注文して、久しぶりに二人仲良く飲み始めた。
清吉は一人だけ生ビールの追加注文をした。飲むにつれ清吉の口も軽くなって来た。
「この旅館の料理はまあまあだが、昼の浜辺での食べ物は不味かったな。あんなものでも金を取って商売になるんだから呆れた話しだ。
それで里美、この間の小料理屋の話しだが俺はやってみたいと思うんだ。俺だったら、この旅館の料理以上のものは出す自信もあるし、どうだ俺と一緒に苦労してくれないか」と、
清吉が前の話を持ち出した。
里美は露骨に嫌な顔をした。
「私は清ちゃんの正式な奥さんではないのよ、何で一緒に苦労しなければならないの。ちゃんと籍にでも入れてくれるなら考え直しても良いです。それまでは一緒に苦労してくれなんて話しは二度と出さないで!」
と言われ、清吉は二の句が継げなかった。
その後の夕食の気まずい事…
翔太さえもそんな二人のイラだった関係を鋭敏に感じて、それまで美味しそうに食べていたスプーンの手を止めてしまった。
「ママ、ママ!」と、
言いながら里美の膝の上で
「ダッコ、ダッコ」を
連発した。子供心にも自分の将来の身を案じたのであろうか?
里美はそんな翔太をあやしながら、優しく頬ずりをして…
「翔太くん、どうしたの?
パパもママもここにいるじゃあない。ちゃんとご飯を食べて」
と、子供には満面の笑みを浮かべながら、清吉の方は無視していた。そんな態度を見ながら清吉の里美に対する心も徐々に冷えて行った。
これでは何の為の家族旅行か分からない。二人の心の溝は深まるばかりであった。
夏が終わり秋が来ても、清吉たちの生活には何の変化も見られなかった。清吉のゴルフに行く回数が少し減ったぐらいだ。それでも週に3回は行っていた。
里美も少しは生活費を切り詰め出したが、それでも月々の生活費は150万円以下にはならなかった。里美の美容院に行く回数を週1回から月に2回ぐらいに減らしたからといって、ベビーシッターやパートの家政婦を雇っている以上、そんなに生活費を切り詰められる訳もない。
膨張した生活費は簡単には縮小出来るものではないのかもしれない。
次回に続く
関連記事

コメント