中沢家の人々(70)

さっきの喫茶店に戻り再度の職探しだ。同じウェイトレスが注文を取りに来たので、またコーヒーを頼む。余計な出費が嵩んだ様で気が滅入るが仕方ない。コーヒーを運んで来たウェイトレスが、余り熱心に新聞の求人欄を探し続けている里美に声をかけて来た。
「お客さん、失礼な事をお聞きしますが何処かでお仕事をお探しですか?」
その声に驚いて里美は新聞から目を離し、思わずウェイトレスの顔を見上げた。
「それが何か…!」
と、誘い込まれる様に里美は尋ねた。
「いえね、失礼だとは思ったのですが先程から新聞の求人欄をずっと見ていましたから」
と言われ、里美は素直に頷いた。
「そうなんです、先刻関西から新幹線で出て来たばかりなんですが、なかなか良い仕事が見つからなくて困っているんです」
ウェイトレスは驚いた顔で、
「何の当てもなく一人で東京に出て来たの?」
「はい、家出同然で東京に来てしまったんです」
「まあ、呆れた話だ事。それで新聞の求人欄に釘付けって訳ね、すると今夜は泊まる所もないの?」
「はい、その通りなんです」
自分よりは2つ、3つ上とも見えるウェイトレスに何かすがる様に答えた。彼女はまだ幼さの残る里美にかなり好意的だった。
「今日は早出だから、後1時間もすれば私の仕事が終わるけど、それまで待っていられる?」
「待っているのは構いませんが、それでどうするのですか?」
「貴女を見ていると何か放って置けなくなったわ、良ければ今夜は私のアパートに来る!」
「本当ですか、見ず知らずの人にそこまで甘えて良いのかな」
と言いつつ、里美はその気になっていた。新聞の求人欄を幾ら探しても目ぼしい仕事は簡単に見つかりそうにもない。
この先どうしたら良いのか途方に暮れていた所だ。
一面識もない自分に何故そんな優しい言葉をかけてくれたのか分からないが、見た所そんなに変な人でもなさそうだ。
「今は仕事中だから長話は出来ないけど、また後でね。そうそう私は朋子って言うの、それでは少し待っててね」
と、自分の名前を告げウェイトレスは仕事に戻って行った。
何処にも行く当てのない里美はただ待つしかなかった。
それにしても予期せぬ事態の展開に里美は戸惑うばかりだが、一人で何の当てもないまま東京に出て来た事そのものが無謀であったから、後は運を天に任せるしかない心境になっていた。
午後7時過ぎ私服に着替えた朋子が約束通り、里美の元にやって来た。
「お待ちどうさま、待ちくたびれたでしょう。何か食べに行きましょうか?…お腹が空かない!」と、
まるで古くからの友だちの様な話し方であった。そう言われれば今日は朝から何も食べていなかった。
次回に続く
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