中沢家の人々(71)

こうして里美と朋子は電車で品川に出た。この駅からバスで10分近くの所に紀子のアパートがある。先ずは品川駅そばで中華を食べる。里美はラーメンとチャーハンを注文する。
忘れていた空腹感が一気に目覚めた感じだ。朋子に大食漢と思われないかと少し心配だったが空腹感には勝てなかった。
朋子は野菜炒めライスを注文した。美味しそうに夕食を取りながら朋子は次から次へと質問をぶつけて来た。
「それで何故家出なんかしたの?」
「さっきは面倒だから家出と言ったけど、本当は家出じゃなくてお店から逃げ出したの!」
「それでも何故そんな事を…」
「その店は京都伏見の造り酒屋だったの、酒の仕込み時期は何名もの杜氏が手伝いに毎年の様にやって来るんだけど、その杜氏の一人が私を手篭めにしたの。店の主人に告げ口をしようとも考えたが、私に悪戯(いたずら)をした男は杜氏頭で、店にとってはとても貴重な人だったから誰も私の告げ口なんか取り上げるはずはないと思ったのよ。だったら私が店を辞めるしかないでしょう」
朋子は同情に堪えないと言った顔付きで、
「随分と嫌な思いをしたんだ。所で、まだお名前は聞いていないけど教えて頂いて良いかしら?」
「はい、山崎里美と言います」
「里美って言うんだ、里美さんの年は幾つ?」
「18です」
「18か、年の割には苦労しているんだ」
「小さい時から親がいなかったので誰も頼る人がいないんです」
「そうだったの、では誰に育てられたの?」
「孤児院育ちなんです」
「まあ、そうだったの。それで酒屋の女中奉公なんかさせられていたんだ」
「はい、中学校を卒業した15才の年に主事の先生から女中奉公で、しっかり礼儀作法を学んで来いと言われ、否応もなくその指示に従っただけです」
「ふ~ん、そんな世界もあるんだ。それに比べたら私の世界は極楽みたいなもんだ」
「朋子さんは、さっきの喫茶店でずっと働いているんですか?」
「まさか、あそこはただのバイトよ。まだ大学生、3年生なのでそろそろ就職活動をしなければならないんだけど、田舎の親が帰って来いってうるさいの」
「田舎はどちらですか?」
「岐阜の高山なの、家は旅館をやっているんだけど…その旅館の後を継げって、うるさいのよ!」
「結構な話じゃあないですか、私からみれば羨ましいばかりです!」
「まあ、そう言われちゃうと返事のしようもないけど…貴女だって、そのマスクを活かせばモデルにだってなれるんじゃない!」
「私がモデルですか、そんな事は今まで考えた事もないわ!」
「これまでの仕事が余りにも地味だったから仕方がないかもね。でも、それだけの器量だったら何でも出来るじゃあない!」
「本当ですか?」
朋子の話しは驚く事ばかりだ。
次回に続く
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