中沢家の人々(72)

その話しの何処までが本気なのか、里美には判断しかねた。
今までの人生の中でモデルなんて考えは一度として彼女の頭の中に浮かんだ事はなかった。
大体が自分の容姿に関心など抱く時間も精神的なゆとりもなく、毎日が廊下で雑巾がけをしている様な日々だった。
ただ一度だけ杜氏の男に弄(もてあそ)ばれた時だけ
「可愛いな、別嬪だな」
を連発されたが、それは聞きたくもない不快で薄汚い印象でしかなかった。
しかし今夜の朋子の発言は、明らかにその不快な印象とは違う。自分の中の新しい発見であった。
「そうか、女の朋子から見ても自分は器量良しなんだ」
と云う小さな自信の芽生えでもあった。
そんな取り留めの無い話をしながら、朋子のアパートに二人は何時しか辿り着いた。6畳2間で台所とバストイレが別々に付いている小綺麗なアパートであった。それに4畳半ほどのキッチンもあって、里美には小さなお城に見えた。
「この部屋に人が泊まりに来るのは初めてなのよ」
朋子は妙にハシャイデいる様だった。
「すいません、図々しくも上がり込んでしまい。でも今日は朋子さんと知り合って本当に助かりました。地獄に仏とは、こんな事を言うのでしょうか?」
「そんな大袈裟な話でもないでしょうけど、先ずは初対面の乾杯と行きますか!」
「私、まだアルコールは飲んだ事はないんです」
「大丈夫よ、ビールぐらいなら。硬い事は抜きにして少しだけ飲んだら!」
「はい、では頂きます」
生まれて初めて飲むビールは何ともいえぬホロ苦い味がした。美味しいとは思わなかったが、心の奥から寛ぐ感じはあった。二人の、生活も境遇も違う若い女性たちのおしゃべりは夜遅くまで続いた。
里美は結局、東京駅近くの喫茶店に朋子の紹介で勤める事になった。部屋は当分の間、朋子との同居生活がそのまま続いた。半年程は穏やかで平凡な日々が流れた。朋子は就職活動に明け暮れていたが、とどのつまりは岐阜の高山に帰る事になってしまった。もっとも、それは1年以上も後の話である。
高山の親からの厳しい帰宅指示が執拗で、それに負けてしまった形だった。
里美がその喫茶店に勤める様になって5カ月目頃、いつも朝10時過ぎに来る常連の30代と思われる男性客に彼女は何気ない興味を抱き始めた。少しスリムで何処か暗い影を落とした彼が注文するのは決まってモーニングセット。コーヒーとトーストに半熟の玉子がお決まりのメニューだ。
スポーツ新聞を読みながらトーストを食べる姿は普通のサラリーマンには見えないし、だからと言って、ヤクザ風でもなかった。芸能関係の仕事にも見えたが、皆目見当がつかない。自分から声をかける訳にもいかず、季節は春から夏へと足早に急いでいた。
里美も19才になった5月末の火曜日、品川駅近くの交差点で偶然にもそのお客と出会った。
彼の方から先に声をかけて来た。
次回に続く
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