中沢家の人々(75)

里美は胸の中で自分が如何にモデルと云う仕事を安易に考えていたかを自覚し始めた。少しばかりマスクが良いと言われ、自分はのぼせ上がってしまったのだ。よく考えてみれば恥ずかしい話ではないか!
初めて朋子にマスクが良いと言われ、今日は今日で吉村に誘われ寿司屋でご馳走にまでなって、何か舞い上がってしまったのだろう。
自分の様な田舎娘がモデルなどに成れる訳がないではないか!
そう思う事で里美は、ようやく自分の中で気持ちの整理が出来た。そして食事も美味しさを感じ心にも余裕が生まれた。
「吉村さん、今日は色々と有難うございます。モデルの話は少し考えさせて下さい。どうも私には向いていない気がするのです。それに、この4月から定時制の高校にも通い始めたばかりなんです。今一緒に同居している女子大生の、朋子さんて言うのですが、その人とお話しをしていると自分が如何に何も知らないかを感じてしまう事が多いのです」
予期せぬ返事に吉村は少し驚いた顔をして、
「そうか、里美さんは高校に通っているんだ。偉いな、19才の高校生って立派だよ!
確かに基礎的な学力を磨くのはとても重要だ。だからと云って、モデルにはなれないと言うのとは違うんじゃあない。実際には小学生だって中学生だってモデルになっている子は幾らでもいるでしょう」
吉村は逃した魚を追いかける様な言い方をして来た。
しかし里美は、何故か急にモデルなどと云う仕事よりも現実味のある高校生活を、しっかり過ごす事の方が大切ではないかと考え始めた。
朋子との同居生活が始まって半年、年令はほんの2、3才しか違わないのに里美は彼女に比べ、自分が如何に物を知らないかを感じる事が多かった。
やはり中学卒と現役の女子大生とでは、テレビを見ても日常の会話でも話の内容に深さが違うと思ってしまうのだ。自分など一度も読んだ事もない本だとか、有名人の名前だとか、それ以外の世の中の事、たとえば衆議院と参議院の違いとか、ともかく自分は知らない事が多すぎる。そんなコンプレックスもあって、この4月から定時制の高校に通い始めたばかりである。
もちろんモデルと云う華やか仕事に憧れはあるが、今の自分にはそれ以上に大切な事がある様な気がしてならない。
「吉村さん、私もモデルに対しての憧れを捨てた訳ではないんですが、今は真面目に高校で勉強をしたいのです。勝手な事を言って申し訳ありませんが、もう少し考える時間を下さい」
そうまで言われると吉村は、それ以上に里美を説得しかねた。
「そうだね、高校で勉強するのも必要だよね。でも、喫茶店の仕事だけで生活の方は大丈夫なの…アパートを借りるんだってそれなりのお金はかかるだろうに?」と、
吉村はそんな素朴な疑問を里美に投げかけた。
次回に続く
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