中沢家の人々(76)

そんな吉村の疑問に里美は、あどけない顔で答えた。
「はい、今は女子大生の朋子さんと同居していますので部屋代はかからないんです」
「里美さんは何も払っていないんだ?…それで相手の彼女から文句は出ないの!」
「そうなんです、私も気にはなって朋子さんに聞いたのですが、アパート代は元々田舎の親が支払っているから気にしなくて良いって言うんです」
「へぇ、随分と鷹揚な話だね」
と言って吉村は肩をすくめた。
「ですから今の状況ですと、喫茶店の仕事だけでも生活はやって行けるんです。朋子さんは一人娘なので妹が出来たみたいだと言って私をとても可愛がってくれますし、それに自分のお下がりの洋服まで私に回してくれるので何の不自由も感じていないんです」
そう言われれば里美の今日の服装も、小ざっぱりして垢ぬけしたセンスの良さが読み取れる。
道理で顔立ちは良いものの、始めの内は田舎娘にしか見えなかった里美が少しずつ洗練されて来たのは、そんな所に秘密が隠されていたのか。田舎娘も都会の水で洗われると、こんなにも変わるのだ。
今日、里美と偶然にも出会った時に吉村が始めの内こそ無愛想な顔をしていたのは、この娘をモデルとして口説くだけの価値があるか品定めをしていたからである。
しかし、ここの所これと云った上玉に巡り会わないので里美を次のターゲットにしてみるのも悪くはないと思い直し、手のひらを返した様に愛想良くなったのである。
だが、その里美も思わぬ所で腰が引け高校生活を真面目に過ごしたいなどと考え出し微妙な変化が生じている。ここは無理押しすべきではないだろう。無理に口説き落とそうとすれば逃げてしまう危険性が大きい。
女と云うものは基本的には現実主義であるが、その中でも若い女は雰囲気に弱い。雰囲気作りに失敗すると、たちまち穴ぐらに逃げ込んでしまう。まだ女と云う人格形成以前だと、基本的な現実主義さえ身に付いていない事が多い。
「そうだね、今は里美ちゃんの言う様に高校生活を真面目に過ごす事が一番かもしれないね」
と吉村は言って、今日の所は一歩置く事にした。
「ともかく何かあったら、さっき手渡した名刺の所に電話をしてみて、きっと何かの力になれると思うから」
と、吉村はモデルの話をそれ以上はしない事にした。
「すいません、こんなにご馳走になりながら身勝手な事ばかりを言って」
と、里美はしおらしく頭を下げた。
「な~に、これぐらいの事はご馳走の内には入らないから気にしないで。今日は色々な話が出来て楽しかったよ。また会える日が来ると良いね」
「はい、有難うございます。何かあった時は又お世話になるかもしれませが、その節は宜しくお願い致します」
次回に続く
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