中沢家の人々(79)

水沢は里美をアパートまで送っても未だ名残惜しそうに、
「今度は何時会える?」
と聞いて来たので、里美はクールに、
「学校で毎日会っているじゃあないですか」
と、答えた。
「そんな冷たい言い方はないだろう」と、
水沢は恨めし気に里美を詰る。
「まあ、たまには食事に誘って下さいね」と、
若い女の知恵から自分を安易に安売りすべきではないと里美は感じていたので、水沢の誘いを当たり障りのない言い方で躱(かわ)した。
水沢も教師としての立場を考えると、それ以上の強い誘いも出来なかった。
「それじゃあね!…また会える日を楽しみに、お休み」
「先生も気をつけて!…お休みなさい。明日また学校で」
とだけ言って、里美はアパートの階段を上って行った。
そして、何時もの月曜日が来て里美は喫茶店の仕事に向かう。
朝は7時半から午後4時までが勤務時間である。仕事始めは店の掃除からスタートして8時には店のシャッターを開ける。
8時から11時までがモーニングタイムで、殆んどの客がモーニングセットを注文する為この時間帯の店の混雑の仕方は一通りではない。この3時間は従業員にとっては正しく魔の3時間であった。この喫茶店に勤め出した初めの3ヶ月は、脚も手も筋肉痛が酷く夜も眠れない事が多かった。一週間の中でも月曜日が一番忙しかった。ウエイトレス4名でピーク時には50名にもなる客を熟すのは、それなりの熟練度を要するが慣れてしまえば、それ程は苦にもならない。
特にモーニングタイムは多くが同一のセットメニューなので逆に楽だ。何事も慣れしだいである。途中の昼休みは1時間と決められているが、それも客の混み方では変わる。午後4時が過ぎると急ぎ定時制の高校へと向かう。普通の高校と比べ出席率は良くない。親がかりの高校生と違って仕事の都合次第では学校に来れない生徒も多くなる。
それでも生徒たちの顔は明るい。学ぶべき事の楽しさを感じ将来の夢を夫々に描いている。
いわゆる受験戦争の路線とは違った自由さがそこにはあった。
そんな高校生活と喫茶店の仕事にも慣れ毎日が平穏無事に過ぎて行くかの様に見えた矢先に、突然朋子の話しが持ち上がった。
すっかり今の生活が続くと安心していたので、朋子が田舎に帰る事になりそうだと云う事の展開に里美は慌てた。衣食住の殆んどを他人に頼っていたツケが回って来たのだ。
今の喫茶店の仕事だけでは、アパート代を含めた生活費を捻出するのは容易ではない。少なくても喫茶店でのパートタイマーの仕事を常勤扱いにして貰って何とか凌げるかと云った、ぎりぎりの生活が待っている。
そうなると早番とか遅番の規定に縛られ、定時制高校に通うのも厳しくなりそうだ。
12月15日(日曜)の夕方、朋子から正式に打ち明けられる。
外では冷たい雨が降り続いていた。
次回に続く
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