中沢家の人々(83)

「そうだろう、山崎は成績も良いし、このまま学校を止めてしまうのは何とも惜しい気がするな。それにこれからの時代は、何をするにしても高校卒業ぐらいの学歴は必要だと思うしな!」
と言って水沢は溜め息をついた。
「はい、私もそうは思うのですが適当な仕事が見つからない現実では、高校に通うと云っても容易では…」
と、里美も諦め切れない顔をした。
「まあ、山崎にも自分なりの考えがあるだろうから」
と言って、水沢は自分のアパートの電話番号だけを紙端に書いて彼女に手渡した。
4月20日の日曜日、里美は仕事を休みにしてもらって一日中不動産屋を歩き回った。せめて6畳一間に3畳ぐらいのキッチンとバス、トイレは望んでいたが、小綺麗な所は何処も家賃が高かった。ただの3畳一間ぐらいだと里美の懐でも手は届くが、部屋にはバスもトイレもなく何とも薄汚い。昔の京都伏見の女中部屋を思い出してしまう感じだ。公団だと格安の物件もあったが、母子家庭優先とか収入証明だとかの手続きも複雑である。
どうにも全てが思い通りに行かない。仕事もアパートも…
そのまま朋子とのアパートに居続け5月からの家賃は自分で払おうかとも考えたが、それさえも喫茶店のバイトだけでは数ヶ月ちょっとの家賃を何とか支払うのが精一杯だ。
4月21日(月曜)からは久しぶりに学校に顔を出す。一か月ぶりに見る友達の顔が懐かしい。
「やっぱり自分は学校に通いたい」
と云う気持ちを、改めて里美は強くした。一年間、共に学んだ仲間たちと学校にいる間だけでも孤独感を感じる事がない。それに境遇も経済状況も限りなく近いので同じ様な空気を吸っているみたいで身も心も落ち着く。
そんな思いを抱きながら、この週は4月25日(金曜)まで学校に通い続けた。
しかし、新しいアパートも見つからないまま期日だけが迫っていた。何とかなるだろうと云う淡い希望で月日だけが過ぎてしまった感じである。
4月26日(土曜)に相談する相手もいないまま、仕方なく夜10時半頃に水沢のアパートへ電話を入れる。もし留守だったらと云う不安感も大きかったが、幸いに水沢は直ぐ電話に出てくれた。何時もの快活な声で
「どうした、こんな時間に何かあったのか?」
と、水沢が聞いて来た。
「すいません。こんな夜遅い時間に。ただ私、本当に行く所がなくなってしまったのです。しばらくは先生のアパートにご厄介にっなても大丈夫でしょうか?」
「俺は構わないが、お前はそれでも良いのか。この間まで俺の所に来るのは嫌がっていたじゃあないか!」
「そうなんですけど、今はそうも言ってられないんです…自分勝手な都合ばかりを申し上げて、本当にご免なさい」
「まあ、良いさ。何か一時的な雨宿りみたいな格好だがな!…
ともかく了解はした。それでは明日昼過ぎレンタカーでお前のアパートまで迎えに行く事にするから、所で荷物の量は多いのか?」
次回に続く
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