中沢家の人々(84)

「大した荷物ではありません。段ボール箱が3つ程度です」
と、里美は申し訳なさそうに答えた。
「分かった、それじゃあ明日の午後2~3時までの間に品川のお前のアパートまで迎えに行くから」と、
水沢は心良く答えてくれた。
こうして里美と水沢は蒲田のアパートで同居する事となった。間取りは6畳と4畳半の二間で4畳ぐらいのキッチンも付いていて、男所帯にしては割と小綺麗にしていた。朋子のアパートよりは少しばかり狭い気もするが二人なら十分な広さだ。
水沢は6畳の一間を里美に使わせ、自分は4畳半の部屋で寝泊まりしていた。彼はとても紳士的で里美が恐れていた様な事は何も起こらなかった。
時々は里美が夕食や朝食を作る事もあったが、多くはスーパーの弁当や惣菜が多かった。こうして一か月以上は何事もなく教師と生徒の関係だけで時が流れた。里美は高校に今までと同じ様に通い続けた。彼女は相変わらず喫茶店のバイトもしていた。水沢のアパートに移った直ぐの5月に里美は20才の誕生日を迎えた。水沢は小さなバースデーケーキを用意してくれた。「先生はどうして私の誕生日を知っていたのですか?」
「な~に、お前の学籍簿を見ただけだよ」
「何だ、そう云う事だったのですか!…でも嬉しいです」
「折角の20才の誕生日なのに安月給の身だから何も出来ず、こんなケーキだけで悪いな!」
「いいえ、先生のそんな気持ちだけで十分です」
こうして師弟のささやかな誕生パーティーの夜は過ぎさった。
水沢のアパートに落ち着き、学校での生活も以前と変わりなく過ごす内に、新しい職場探しへの意欲も少しづつ薄れ日々の生活に慣れ毎日が淡々と流れて行った。
梅雨も明け切らない7月5日の土曜日、夜9時頃から雨が強く降り始めた。折り畳み傘は持っていたものの、学校帰りの里美はずぶ濡れになってアパートに何とか帰り着いた。
濡れた衣類は洗濯機に入れ、先ずはシャワーを浴びた。体を洗い流し人心地ついた所に水沢が帰って来る。里美はバスタオルで身体を被いながらサイダーを飲んでいた。
そこに水沢がまたずぶ濡れになって帰って来たのだ。
「あら、大変!…早くシャワーでも浴びなければ風邪を引いてしまうわ」
と、里美が急ぎ別のタオルを取りに立とうとした瞬間、彼女の身体を被っていたバスタオルが、その身体からすべり落ちてしまった。慌てて落ちたバスタオルを拾い上げ自分の身体を被い隠したが、その美しき裸体は水沢の目に否応(いやおう)なく飛び込んで来た。
もちろん水沢は何も見なかったかの様な顔はしていたが、心の動揺は隠せず靴を脱ぐ時に玄関の上がり框(かまち)で足を引っ掛け転倒し膝頭を強く打ってしまった。
次回に続く
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