中沢家の人々(85)

その膝頭の痛い事、里美の白い裸身と痛みが混在した脳裏の中で水沢は、
「俺はまるでドジな男だ!」
と、自分を嘲笑うしかなかった。そんな水沢を庇うかの様に里美は、
「雨で靴下も濡れたままですから、ただ滑っただけですよ。ともかくシャワーだけでも浴びて来たら…濡れた物は私が片付けておきますから」
と言って、自分も急ぎ服を着替え水沢を浴室へと誘った。
そして里美は彼のずぶ濡れになったシャツや下着を洗濯機に入れ、ズボンなどは手洗いをした。雨と汗に男の体臭が入り混じって何とも言えぬ匂いを醸し出していた。でも里美にとって決して不快な匂いではなかった。父親とも男性とも言いがたい温もりに似た感覚であったのだろうか?…いや、温もりと言うよりは性愛に近い感覚であったかもしれない。
この2ヶ月余りの同居生活で、里美は水沢への思いが教師と生徒の関係を超えた、異性の領域に日々近づいている事に気付いていた。
浴室から出た水沢は、急ぎ下着とパジャマを身に着け冷蔵庫からビールを出して飲み出した。
「山崎、どうだお前も少し飲むか?」
と、洗濯の終えた里美に声をかけた。
「良いんですか、教師が生徒に飲ませて!」
と、里美は少し鼻にかかった声で笑いながら答えた。
「まあ、お前も20才を超えているんだからビールの一杯やニ杯は飲んでも構わないんじゃあないか」
「そう、では先生のお墨付きと云う事で一杯だけ頂きます」
水沢のアパートに引っ越して来て里美が一緒にビールを飲むのは初めてである。
「先生、私がアルコールを飲むのは生まれて初めてなんですよ!」
水沢は少し驚いた顔をして、
「本当か、それは知らなかった。それで初めて飲むビールの味はどうだ?」
「そうですね、美味しいとは思えませんね。何か口の中に残る苦さが嫌です…まあ、少しだけ爽快感はあるかもしれませが」
「そんな感じなんだろうな、最初の頃は。しかし、それが段々と病み付きになって来るんだな、アルコールってものは」
「もう一杯だけ飲むか?」
「いいえ、もう結構です」
と、里美は困った様な顔をした。水沢はニコニコ笑って、
「それで良いんだ、若い女が飲んべえと云うのも考えもんだからな!」
と、答えた。
窓の外では雨がより強くなっている。遠くで雷の音も聞こえて来る。こんな日に一人でいると寂しい気持ちが募るだろうなと、窓の外の景色を見ながら里美はしみじみ考えていた。雷は少しずつ近づいて来た。アパートの屋根を雨が叩きつける様に降り続き寝るにも不安感を増大させ、とても安眠できる気分ではない。
突然にアパート近くで落雷し、安普請のアパートは大きく揺れた。部屋の電気も消えてしまった。里美も水沢も驚いて立ち上がる。
「懐中電灯は…?」
と言って、下駄箱の上に置いてあった懐中電灯を探し当て、何とか闇の中で一筋の光を手にする。
次回に続く
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