中沢家の人々(86)

時計の針は午前1時を指している。余りの豪雨に雨漏りの心配も出て来た。そんな心配に加えて以前より激しい雷が轟き渡った。里美は我知らず、
「きゃ!…怖い」
と悲鳴を上げ水沢に縋(すが)り付いた。
更に雷が鳴り響き近くの公園から轟音が足の底から突き上げるかの様にアパートをまた揺り動かした。
さすがの水沢も恐れ慄いた。彼もまた我を忘れて里美と二人で抱き合ったまま一枚の毛布に全身を覆ってしまった。落雷はさらに続いていた。師弟の関係をも忘れ赤子の様に互いに身体を庇い合っていた…共に母の身体を探るかの様に。何よりも落雷による恐怖感が強かった。
水沢は心の何処かで考えていた。このアパートが倒壊したら、どうすれば良いのかを!
何処に行けば良いのか、学校とか公民館などに避難すべきなのかと、あれこれ考えながらも何時しか眠ってしまった。里美は疲れ切ったのかすでに寝ていた。
午前6時過ぎに二人は何方(どちら)からともなく目を覚ました。抱き合った身体を解き放す訳でもなく、照れ笑いをしていた。共に離れがたい甘い感触に浸っていた。
外は雨が上がり、夏の光がカーテンの隙間から射し込んでいた。水沢の脳裏には急に昨晩見てしまった里美の白い裸体が浮かび上がって来た。
彼は抑え切れぬ衝動に負けるかの様、里美の唇に自分の唇を重ねてしまった。里美は拒否しなかった。そこで水沢の理性の糸が切れてしまった。そのまま里美の乳房を愛しく弄(まさぐ)った。若く弾力性のある乳房は、それ自体で男を狂わせる。それは男にとって魔性の化身に近いものがあるのかもしれない。
一度糸の切れた理性は行きつく所まで行くしかないのだろう。
水沢は里美の身体に溺れるだけ溺れた。全ての情愛を使い果たして彼は、やっと我に返った。
「山崎、すまない!…許してくれ!」
と、彼はひたすら詫びた。
「ううん、良いの。私も何時かはこうなると思っていたから」
里美はそう言って微笑んだ。
男女の中と云うものは一度、その境界を越えてしまうと後は日常的な行為へと慣れ親しんでしまう事が多い。
彼等も、その例にもれずその日を境に同居から同棲へと生活形態が変わってしまった。話し方も師弟関係から、男女関係の馴れなれしい言葉づかいにと少しずつ変化して行った。
もちろん学校内では意識的に師弟の関係をこれまで以上に保とうと努力はしていた。里美は以前に比べ台所にも積極的に立って細々とした料理にも精を出し、水沢を喜ばせた。正に愛の暮らしが始まっていたのである。数ヶ月間は夢の様な生活が続いた。
その年も10月に入り秋の気配も色濃くなって来た頃になってから、里美の体調に変化が生じて来た。身体が妙に気怠く食欲もない。喫茶店の仕事も辛く、学校の授業にも身が入らない。
生理も3ヶ月以上は止まっている。前から生理は不順な事が多かったので、余り気にしていなかったがそれにしても変だ。
次回に続く
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