中沢家の人々(90)

妊娠中絶後の4~5日は水沢のアパートで寝たり起きたりの生活をしていたが、生理中の様な悪露(おろ*中絶後の出血)もなくなり、一週間目頃からは普通の生活に戻り、喫茶店のバイトも始めた。そのバイト先の1才年上の珠江と云う仕事仲間から、マンション付きで割の良いバイトを紹介された。
数ヶ月前から幾度かは誘われていたのだが、その時は水沢との愛の暮らしが始まっていたので、そんな珠江の誘いには耳を貸さなかった。
それにバイト先が銀座の高級クラブと珠江に言われた時は自分とはまるで縁のない世界だと感じていたので、にべもなく腰が引けていた。だが今は事情が変わって来た。
水沢との生活は無味乾燥とした味気ないものとなり、その結果として高校にも行きづらくなって来た。当然、水沢との生活も早く清算したくなっていた。妊娠中絶後も水沢は幾度か夜の営みを求めて来たが、里美は一切応じなかった。とてもそんな気にはなれず、むしろ疎ましさが日々募る一方であった。
仕事仲間の珠江は何か自分一人では高級クラブの門を叩く勇気がなく、気心の知れた里美を誘い出したかった。
そして11月始め、二人は喫茶店のバイトをさぼり銀座のクラブ「葵」に出かけ面接を受けた。面接に出たクラブのママは里美を見るなり直ぐ気に行ってOKサインを出し、明日からでも店に出て欲しいと言われた。里美の為のマンションも直ぐに準備出来ると言われ、話はトントン拍子に運びそうだった。
しかし、珠江の採用にはママが頷かない。丸ぽちゃで小鼻の珠江は、どう見ても水商売向きではない。暗に不採用と聞かされ彼女は泣きそうになった。そこで里美がママに向き直った。
「誠に申し訳ないんですが、珠江ちゃんと私は大の仲良しなんです。出来るなら同じマンションで珠江ちゃんと一緒に生活させて頂きたいのです。彼女が不採用であると仰るなら私も働かせてもらう訳には行きません」
と里美はママに詰め寄った。
ママは里美に言われ、しばらく思い悩んでいた。 里美には1日でも早く働いて欲しいが、珠江と云う娘には興味が湧かなかった。プラスマイナスを考え合わせて、渋々だが里美の申し入れを受けた。
「分かったわ山崎さん、あなたの希望を受け入れます。二人一緒に働いてもらう事にします。しかし2DKのマンションには二人で使ってもらいますけど、それで良いですね」
「はい、もちろんです。希望を受け入れて頂いて有難うございます。珠江ちゃん、良かったね!」
珠江は少し納得しかねる顔で
「里美ちゃんは、それで良いの。何か迷惑にならない?」
と、尋ねて来た。
「何を言っているのよ、あなたが誘って来た仕事じゃない。迷惑も何も二人一緒だから心強いって言ったのは珠江ちゃんでしょう!」
「そりゃそうだけど…」
里美が彼女を励ます形となって、二人は新しい仕事への道を歩み出した。
次回に続く
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