中沢家の人々(94)

翔太4才の誕生日が過ぎ、早くも2ヶ月の時が流れても現実の生活には何の変化も見られない。清吉は7月以来「ことぶき」の新橋店に幾度か顔を出しては川崎に、それとなく自分の重役問題を打診するが色良い返事はなかなか得られなかった。
11月も半ばになると季節も秋から冬へと駆け足で変わって来る。預金通帳の残高も恐ろしい勢いで目減りしていた。
この1ヶ月あまり、里美は翔太の行く末をあれこれ考えては思い悩んでいた。しかし、如何に考え込んでも彼女の中では結論が出て来ない。11月22日の月曜、また里美と清吉は激しい口論になってしまう。
「一体、何時になったら仕事を始めるの?」と、
ゴルフ場から帰って来た清吉に里美が怒りを爆発させてしまった。
「何だ!…人が帰る早々にそんな言い草はないだろう」
清吉も不機嫌さを露骨に出して言い返した。里美も決して負けてはいない。
「帰る早々もないでしょう、この5月から預金通帳の残高がどんどん減っているからと、私は言い続けているじゃないですか?…それなのに貴方ときたら一向に動く気配が見られないし、私たち母子の将来はどうなるっていうの!」
半ば吠える様に里美は清吉を詰(なじ)った。
「それは、お前の一方的な考えだろう。俺だって『ことぶき』に何度も出掛け支店長の川崎とは交渉を続けている。それ以外にもゴルフの会員権を処分して料理屋の一つもやろうって提案も出したが、お前は全く取り合わなかったじゃあないか!…俺ばかりを責めたってどうにもならないだろう」
「何を言ってるの、俺の子供さえ作ってくれれば一生面倒をみてくれると言ったのは誰でしたっけ?」
そう言われて清吉は言葉に少し詰まったが、
「お前はそうやって何年も前の話を何時までも蒸し返しては、鬼の首を取った様な顔をしているが、それなら俺にも言い分はある。4年ぐらい前、紀子の弁護士が1億円の小切手を持って来た時にお前は横から口を出して何と言った。それだけの大金があれば一生楽に暮らせるから争いは止めて妥協した方が良いと言ったのは、何処の誰だ!」
「何を言ってるの、自分の甲斐性のなさを16才も年の離れた私に責任をかぶせたりして恥ずかしくないの?」
口論は何時果てる事もなく続きそうだったが、里美の勢いに負けて清吉はそのまま外に出てしまった。その日は家に帰らず、ビジネスホテルに泊まってしまう。ビジネスホテルのベッドの中で清吉はつくづく考えた。
あんなに愛くるしかった里美の、この変貌ぶりは一体何なのだ。女って云う生き物は何だって、こんなにも自分勝手な理屈ばかりをこね回すのだろうと…
里美もまたマンションの一室で考えていた。何だって、こんな生活力のない男なんかと一緒になってしまったのだろうと…
次回に続く
関連記事

コメント