中沢家の人々(98)

父子二人だけの夕食後は、マンションの部屋に戻り風呂に入る。水鉄砲をしたり童謡を歌ったりして清吉は、翔太の前では必要以上に陽気な振る舞いをした。1時間以上も風呂の中で遊び翔太も一時は里美の存在を忘れているかの様だった。
父子で風呂に入る事は珍しくはないが、それでも浴室の前ではいつもは里美が待っている。愛おし気に翔太の全身を優しく拭いてくれる母の顔があるのだ。
それが今日に限って里美がいない。何か変だ、幼いなりに翔太の心に大きな不安の波が押し寄せて来た。
「ママは、ママは何処?
なぜママはいないの?」
涙まじりに清吉に問いかけるのだが、清吉も返事に窮するばかりだ。それでも黙ってばかりはいられない。
「そうだな、ママはどうしたのだろうね?
きっと、お友達の病気が大変な事になっているんだろう!」
「大変な事って、どんな事?」
「パパにもよく分からないが、ともかくお友達の病気が心配になって直ぐには帰れないんだよ。ママの大切なお友達だって言っていたから…」
「夜になっても帰って来ないのかな?…じゃあ、ぼくは誰と寝んねするの!」
「大丈夫だよ、パパと一緒に寝んねすれば良いじゃあないか。パパとじゃあ嫌かい!」
「うん、でもママと寝たいな」そう言って翔太は少しグズリ始めた。清吉は戸惑うばかりだったが、それでも懸命に翔太を慰めた。
「そうだ、今日はパパと寝んねして明日は動物園にでも行ってみようか!」
「本当、それならパパと寝んねしても良い」と言って、
翔太はやっと気持ちをなだめた。次の日は秋日和の青空が広がっていた。11月下旬とも思えない暖かさで翔太は元気よく動物園の中を走り回っていた。
朝の食事は清吉が手際よくハムエッグを作って翔太に食べさせた。ママよりパパの方が美味しいと、翔太は大喜びだった。
次の日曜日も好天気で、この日は遊園地に連れて行った。月曜からは幼稚園だが、もちろん送迎は清吉がした。パートのベビーシッターと家政婦は適当な理由をつけ辞めてもらった。彼女等を雇うにしても金がない。当面の生活費として手許にあるのは50万円ぐらいだ。自分名義の預金も100万円ぐらいしかないのである。何が困ったと言って、里美の突然の失踪もさる事ながら手許資金の貧弱さ程に清吉を慌てさせたものはない。
ともかくゴルフ会員権2枚の内、1枚だけは売却した。それでも現金化するのに1ヶ月以上はかかりそうである。
翔太の世話は日頃から時々はやっているので、それ程の不自由さは感じなかった。料理は本来が板前を生業(なりわい)としていたので何の問題はない。
始めの10日程は翔太も里美のいない生活に、何かとグズル事も多かったが幼な子ほど生活順応性は強いのか、12月も半ばになると清吉との二人暮しにもすっかり慣れて来た。
次回に続く
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