中沢家の人々(99)

年内中にゴルフの会員権が何とか売却出来て、1500万円の現金を手にしたので当分の間は何とか食い繋げそうではある。
しかし、翔太と二人だけの生活にも焦燥感が出て来て清吉は悶々とした日々を徒らに過ごしていた。ゴルフにも行けず大人との会話もなく育児だけの生活をし続けると云うのは、43才の男にとって相当に辛い事であったかもしれない。
12月も終わりに近づくと幼稚園も冬休みに入る。そうなると翔太は一日中家にいる事になって父子の関係は益々煮詰まって来る感じだ。毎日が動物園や遊園地と云う訳にもいかず、近くの公園でブランコや滑り台で遊ばせるのが精一杯だ。その合間に洗濯やら部屋の掃除などもして、ほとんど専業主夫の状態と化していた。
それでも何とか正月を乗り切り、幼稚園も始まった。これで午後2時ぐらいまでは一人の時間が作れる。この時ほど幼稚園の存在を有り難いと考えた事はなかった。失踪した里美への未練は日々薄まって行ったが、男手一人で育児に追われる生活には実際の所、音を上げていた。これまでは里美に対する意地と幼な子への愛着から2ヶ月近くは頑張り抜いていたが、さすがに心身共に疲れが溜まって来た。
そんな1月も下旬に初雪が降った。朝から少し降り出した雪も午後には止んでいた。都会の雪は殆どが積もらない。人の心を映し出すかの様に淡い雪は直ぐに消え去る。いつも慌しく人の群れが通り過ぎて行く。そんな喧騒の中では雪さえも落ち着きを失うのか?
冬の情景は何も残らず、ただ寒空だけが取り残こされていた。いつもの様に翔太を寝かし付けマンションのリビングから冷たい夜空を見ながら、清吉は一人でウィスキーを飲んでいた。これから先の事を考えると気が滅入るばかりだ。何の思案も浮かばない。我ながら情けないとは思いつつも、心に浮かぶのは妻の紀子と過ごした若き日々である。如何に貞淑で自分に尽くしてくれたか、そんな事柄が次から次へと思い出された。この5~6年の自分の所業をどんなに悔いても悔い足りない気がする。酔った勢いと懐かしい思い出の中で、清吉は新大久保の自宅に電話を入れてしまう。夜も11時を回っていた。紀子が電話に出た。
「はい、中沢ですが!」
今も愛おしい妻の声である。清吉は言葉が出なかった。
「もし、もし…どちら様ですか?」
不審者とでも思ったのか紀子が電話を切りかかった。清吉は焦って、
「私だ、私だ!」と、
ようやくの思いで声を出した。
「あら誰かと思ったら、あなただったの。こんな時間に何かあったの?」
「いゃあ、別にこれと云った用事でもないが急にお前の声が聞きたくなって…」
「あら、あら、どう云う風の吹き回しかしら!」
「元気そうだな、会社の方も上手く行っているのか?」
「えゝ、お陰さまで何とかやっています」
次回に続く
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