中沢家の人々(100)

「ところで、あなたは今はどうなさっているの?…『ことぶき』に戻って来たいなんて話も風の噂には聞いたんだけど」
「確かに!半年ぐらい前、川崎に『ことぶき』への斡旋を頼んだのは事実だ」
「今の気持ちは、どうなの?」
「今も『ことぶき』に戻りたいと云う気持ちに変わりはないが、自分の口からは言い出せないだろう」
「今夜は、そのお話しなの?」
「それも無いとは言わないが、お前の声を急に聞きたくなったのが本音の所だ!」
「急にそんな事を言い出して、やっぱり何かあったのね。
分かったわ!…里美さんに逃げられたんでしょう、違ったかしら?」
紀子の鋭い質問に遭って、清吉は一瞬言葉に詰まった。余りにも情けない自分の境遇に返す言葉を失っていた。そんな無言の清吉に紀子は全てを理解したかの様に話を続けた。
「何も仰らない所をみると、図星みたいね。それで今はあなた一人で住んでいるの?」
「いや、翔太も一緒だ」
「えっ!あなたが翔太くんを育てているの。里美さんは自分の子供まで置いていったの!」
それは紀子にとっても驚くべき事実だった。自分が腹を痛めた子供を置いて行くなんて事が女として有り得るのか?…紀子の常識を遥かに超えた現実を聞かされ、清吉への思いが深い同情にと変わりつつあった。
「それは一体、何時の話…?」
「そうだな、2ヶ月ぐらいには成るかな」
「まあ、2ヶ月もあなたが一人で翔太くんの面倒を…それではお正月も二人だけで過ごしていらっしたの。ずいぶんと寂しいお正月だったのね。ところで翔太くんは何才になったの?」
「4才だ」
「そう、4才なんだ。可愛い盛りね。私も会ってみたいわ!」
「本当に会ってくれるのか?」
「もちろんよ、あなたの一人息子でしょう!ママもいなくて大丈夫なのかしら…」
「始めの10日ほどは、かなり寂しがって泣いたりしている日も多かったが今年になってからは翔太もママのいない生活に少しずつ慣れて来た様だ」
「私は子供を育てた事がないので分からないけど、まだ母親を欲しがる年なんでしょうね」
「まあ、そうなんだろうが…
しかし小さい時ほど環境の変化には順応しやすいみたいだ」
「そんなものなのかしら、それにしてもあなたが大変ね。洗濯やお掃除はどうしているの?」
「全部を俺が一人でやっているけど、それも全ては慣れてしまえば大した事もないさ」と、
清吉は精一杯の見栄を張った。
実際には相当に参ってはいたが弱音を吐く訳にも行かない。
「それじゃあ、ゴルフにも行けないわね、誰か家政婦さんとかを頼んではいないの?」
「そんなお金の余裕はないよ」
「あの1億円のお金はどうしたの?」
「殆んどは生活費に消えてしまい、残りの何千万円かのお金は里美がそのまま持ち去ってしまったよ!」
次回に続く
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