中沢家の人々(102)

午後3時に翔太を乗せた車が新大久保の自宅に着く。幼稚園からの車の中で清吉は翔太に優しく言い聞かせた。
「今日から翔太は新しいママと暮らすからね。そしてお家も引っ越すんだ」
と話したが、翔太は十分に理解は出来ない様子だった。自宅前では紀子と数名の使用人が待ち構えていた。何年かぶりの自宅前で清吉は、さすがに気恥かしさを禁じ得なかった。紀子が開口一番に、
「お帰りなさい」
と言ってくれたが、その顔が眩しく感じられ清吉は正視出来なかった。清吉の後ろで怯える様に突っ立っている翔太の前に紀子は素早く近寄り、
「翔太くん、今日は。お外は寒いから早くお家に入ろうよ」
と言いつつ、翔太の小さな手を握って家の中へと招き入れてしまった。翔太は紀子のされるがままにキョトンとしていた。しかし、久しぶりに感じるママの匂いに近い温もりを子供心にも味わっていた。
広いリビングのテーブルには、沢山のお菓子が取り揃えてあった。更に子供向けのビデオテープが10本以上は用意されている。何時の間にこんな準備がなされていたのか、紀子のそんな心遣いに清吉は目頭を熱くした。
5~6年以上は訪れる事さえ忘れていた我が家のリビングで清吉は身の置き所も無く、立ち竦んでいた。紀子はニコニコしながら、
「おかしな人、自分の家で何を遠慮しているの!…お座りになったら」
と声をかけて来た。清吉は言われるままに座ったが居心地は決して良くなかった。翔太は早くもテーブルのお菓子を無造作に食べている。そんな翔太を紀子は目を細めながら見ていた。
「やっぱり子供って可愛いのね。美味しそうにお菓子を食べている姿を見ているだけで心が和むわ。それにしても目鼻立ちがあなたにそっくり、正に清吉二世だわ!」
翔太にまるで実の子供みたいな接し方をしている紀子の横顔を見て、清吉は何と美しい顔だろうかと改めて自分の妻に切なる愛情を抱いた。39才になる紀子であったが27才の里美よりも、ずっと輝いて見えた。
「あなたは何をお飲みになります。コーヒーそれともお茶で良いのかしら!」
「そうだな、煎茶が飲みたいな。それにしても翔太はもう自分の家みたいな態度だな」
「それで良いんですよ、自分の家なんだから」
清吉はこの2ヶ月間の疲労が一気に消え去っていく思いだった。
「俺には帰る所があったのだ」
そんな深い感慨に包まれていたのかもしれない。
里美との生活は何だったのか?それは虚構の愛だったのか!
しかし虚構と云うには、現実の存在がある。翔太と云う生きた証しがあるではないか!正に自分の分身とも云う翔太の存在ほど貴重なものはない。
そして、その存在を紀子が全面的に受け入れてくれた事である。その様な紀子の寛容の上にこそ清吉もまた自己改革への道を一歩踏み出す事が出来る様な気がしていた。
次回に続く
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