中沢家の人々(104)

紀子は真面目な顔に戻って、
「仲道さん、私達には子供が出来たのよ」
と言い出した。仲道は驚いた顔で、
「お子さんですか?」
と聞き返した。紀子の言葉の意味が一瞬分からないかの面持ちで尋ねたが、直ぐに紀子の本意を理解した。それでも自分の取るべき態度をどの様にすれば良いのかは考えあぐねていた。
まさか単純に、
「お目出度うございます」
とも言えないし、この様な場合はどんな言葉を使えば良いのか仲道は途方に暮れた。愛人の子を自分の子供の様に言ってのける紀子に何と答えれば良いのか、言うべき言葉が見つからない。それでも彼は精一杯の愛想で、
「それは、それは、ご家族お揃いで一つ屋根の下に生活をするのは結構な事で…」
とは言ったものの、心の内は複雑であった。そんな仲道の胸中は全て理解している紀子でもあったが、彼女は冗談とも本気ともつかぬ表情で妙な言い方をした。
「私に子供が授からないもんだから、コウノトリが私たち夫婦に可愛い子供を運んで来たのよ。紹介するわね、ちょっとお待ちになって…翔太くん、こっちにいらっしゃい!」
翔太は小さなスリッパの足をドタバタさせながらリビングに入って来た。
「翔太くん、こちらが仲道のおじさんです。ご挨拶なさい」
翔太はピョコンと頭だけ下げ仲道の顔を物珍しげに見ていた。小さな子供と云うものは、大人と違って興味が湧くと何時までも視線を外さない。仲道はそんな翔太の視線に晒(さら)されながらも満面に笑みを浮かべて、
「お名前は?」
と、尋ねた。翔太は元気良く、
「なかざわ しょうた です」
と答えた。そのはきはきした返答に仲道も少なからず好意を抱いた。よく見れば、その目鼻立ちは清吉に瓜二つだ。紀子の先程からの仕草を見ていれば、この子供に実の母親に負けない愛情を注いでいるようだ。以前程ではないが、清吉も主人面をしてリビングで悠々と構えている。紀子もそれを許している。
否、許している所か妻としての自分の姿に満足しきっている感じさえする。もはや仲道が何か口を挟む余地は全くなかった。
清吉が翔太と仲道の遣り取りを目にしながら、仲道に声をかけた。
「仲道さん、長い間ご無沙汰していて申し訳なかった。その間には紀子の母親の葬儀から会社の経営まで何かと忙しい思いをさせ感謝の言葉もない。本来なら私がすべき仕事を全て紀子と仲道さんに押し付け、私は我が儘し放題の生活に甘んじていた身では、この家に帰って来れる資格は無いのだが、私もこれからは心を入れ替えて『ことぶき』の繁栄に尽力をつくして行きたいと思っていますから厚かましいとは分かっているのですが、仲道さんにはこれからも力を貸し下さい」
と清吉は辞を低くして仲道に頼み入れた。紀子の前で清吉にそう言われると、仲道には返す言葉もない。
次回に続く
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