中沢家の人々(106)

仲道が挙手して発言を求めた。議長役の紀子が、その発言を許した。
「ただ今のご質問には、副社長の私、仲道からお答えいたします。確かに事情の知らない役員の方々には、唐突な社長交代劇との印象を強く抱かれるとは思いますが、旧くからいる職員には何の違和感も持ち得ないのであります。と、申しますのも現社長の前は中沢清吉氏が長く社長の席にあり今日の『ことぶき』の基礎を築いたからです。また新橋店の店長を務めています川崎君などは中沢氏の元で板前修業をしていたのです。一身上の都合により中沢清吉氏が10年近く社長の席を現社長に委ね、今ここに返り咲いたとしても何の不思議はないのです。更にもう一つのご質問、中沢清吉氏と現社長の関係ですが、これもしごく明解で、ご夫婦の間柄であります。以上簡単ではありますが私からの回答とさせて頂きます」
仲道は紀子と清吉に一礼して自分の席に戻った。
「どうも有難う。他に何かご質問はありますか?」
と、紀子が全員の幹部職員を見回して尋ねた。それ以上の質問は誰からも出なかった。仲道が再度の発言をした。
「ご異存がなければ、この案件は全員の賛同を得たもの解釈しますので、拍手を持ってご意志の確認を問いたいと思います。
では、ご賛同の方は拍手をお願い申し上げます」
仲道の発言に誘われ、全員が
大きな拍手をした。その拍手に応じて清吉が立ち上がり挨拶を返した。
「ただ今は社長選任の賛同を頂き、厚く御礼申し上げます。この菲才の身を持って社長の重責によく耐え得るか、幾らかの不安は禁じ得ませんが、我が身を叱咤しながら粉骨砕身の努力をして行く覚悟でおります。『株式会社ことぶき』のより発展を目指して、ここで万歳のご唱和をお願いしたいと思います。では、ご起立をお願いします。それでは、『株式会社ことぶき』の発展と皆様方の健康を願って、万歳、万歳、万歳!」
全員が起立して声高らかに万歳を三唱した。
「有難うございました、どうぞご着席下さい。これにて私、中沢清吉の社長選任のご挨拶とさせて頂きます」
会議室では割れる様な拍手が鳴り響いた。紀子はそっと目頭をハンカチで拭いた。そんな紀子を見て仲道も胸の中を熱くした。川崎は何か自分一人だけが取り残されたかの様な焦りを感じていた。自分の知らない場所で清吉が何時の間にか社長に選任されてしまったのだ。わずか7ヶ月前には何とか重役の端に加えて貰えないと、自分が清吉に頼まれたばかりだと云うのに…そんな自分を通り越して清吉が社長に選任されてしまった。あの時、もう少し親身に清吉と接するべきではなかったのかとの後悔に襲われていた。
また、これから先の自分の身の処し方にも思い悩んでいたりもした。しかし川崎が考えている程、清吉は彼に何の含みも抱いてはいなかった。そんな些末な所に清吉の意識があるはずもないだろう。
次回に続く
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