中沢家の人々(107)

清吉の意識にあるのは、この失われた10年と云う年月をどの様にしたら取り戻せるのか、妻と云うよりは自分を遥かに超えた紀子と云う人間を目の当たりにして、自分がその夫として何を為すべきか?
今や彼女を時に人生の師とも仰ぎ、感謝と云うよりは崇拝の念さえ抱き始めている。
もちろん清吉の口から、そんな事を少しでも言い出せば、
「馬鹿ね、自分の女房に何を言っているの!…若い女性と何年も暮らしている内に魂でも抜かれたんじゃあない。私は何の変わりも無いわよ。むしろ変わったのは、あなたの方でしょう」
と、笑われるのは目に見えている。
それにしても紀子は翔太の面倒をよく見てくれる。食事の世話は言うに及ばず、風呂も一緒に入るし、夜は親子3人が川の字になって寝たりもする。
それらを義務感ではなく、翔太の世話が嬉しくて仕方がないと云う接し方なのである。
必然、翔太も紀子に甘える事が多く、少しでも紀子の姿が見えないと…
「ママ、ママ!」
と、泣きべそをかく始末である。生みの親より育ての親、そのままに翔太の脳裏から里美の姿はすっかり消え去ったかの様であった。
新大久保の自宅に戻って以来、清吉は一日毎(ごと)に自分の心奥深くに精気がみなぎって来るのを感じていた。
「まともな仕事をしたい、社会の中で自分を役立たせたい、料理人としても一人前になりたい、そして紀子の夫としても妻に恥をかかせる様な人間には二度となりたくない。さらに翔太の父親としても、堂々たる男でありたい」
そんな思いを日々強くしていた。当然の如く、清吉のそんな思いは紀子にも伝わって来る。
そして、殆んど忘れかけていた夫の存在が、さらに翔太の可愛いらしさが彼女の生活に限りない潤(うるお)いを与えていた。
今にして母、道子の無言の教訓を紀子は見事に実践していた。
自己の運命を正面から見据え、精一杯の努力を重ねる事、結果の良し悪しは二の次と考え、全ての責任は自分に帰ると自覚して、心穏やかに過ごす事などの人生哲学を、我知らず紀子は当たり前の如く身に付けていたのだ。
そんな紀子と清吉であったから夫婦仲は以前にも増して、その親密度が増していた。清吉と翔太が新大久保の自宅に戻って一ヶ月もしない内に閨(ねや)を共にする事も多くなっていた。
そして紀子の心模様の変化が清吉の社長選任の道へと繋がって行くのだ。
紀子としては基本的には女社長として、第一線に立つのではなく内助の功として家の支えになる事を良しとしていた。
女だてらに多くの男の上に立って会社運営をし続けて行く事には、些か倦んでいたのだ。
しかし10年余りも続いた清吉の怠惰(たいだ)な生活の中では、紀子が歯を食いしばってでも会社経営をするしかなかった。
次回に続く

関連記事

コメント