中沢家の人々(109)

組織の衰退の芽は、その最盛期に根ざしている事が多いと言われている。急激な事業拡大は地盤固めを忘れ、熱気に早まった高揚路線にのみ心を奪われる。
*「大きいことはいいことだ」
のCMソングに代表される時代背景もあって日本中が事業拡大を競い合っていた。
*著者注
「大きいことはいいことだ」
【1960年代後半に森永製菓が発売したエールチョコレートのCMソングの歌詞の一節。
このCMソングの作曲も手がけた山本直純が気球に乗って指揮をするCMは人気を博し、「大きいことはいいことだ」は当時の流行語にもなった。 】

しかし、そんな時代背景にあっても清吉は料理人の真髄を忘れたくはなかった。店を拡張すれば良い、売り上げを伸ばせば良いと云うだけの考えには同調出来なかった。
客が多かろうと少なかろうと、料理の真心に手を抜く様な店の経営には賛同出来なかった。
現実の「ことぶき」が、その様な拝金主義の店に成り下がっている訳ではないが、新社長に返り咲いた清吉の目には色々と気になる事も多かった。
月一回の店長会議は、この一年余りは慢性化しており、各店舗の売り上げ、集客率などの報告に終始していた。そこに清吉が
接客態度の在り方、客の混雑度における職員の配置方法、板前の料理研修など多くの助言を呈した。
仲道を始め、集まった幹部職員は清吉を改めて見直した。その助言の一つ一つが実に的を射たものであると感じたからだ。
さらに清吉は、こう論じた。
「仕事とは自分の時間を他人の喜びに変える事なのです。私たちの使命は食を通して少しでも多くのお客様に、満足して頂ける様に日々努力をして行く事です。料理の味は言うに及ばず、店の雰囲気作り、笑顔を絶やさない接客態度、華美に走らない清潔感などには常に心を配っているべき事です」
それまで黙って聞いていた川崎が、やや感動の態で
「ただ今の社長のご発言は全く一つ一つがごもっともな内容で、今日まで我々は何を見ていたんだろうと恥じ入るばかりです。さらに客の混雑度により職員の配置方法を考えるなどは思いもつかない発想で、ただ恐れいるばかりです」
と、熱い感想を述べた。他の店長たちも賛同の意を表わした。
仲道が話を続けた。
「それでは、これまでの社長の発案を、どの様にしたら具体化して行けるかを早急に検討して行きたいと考えます。料理研修は各店舗の板前が年に数回、不肖仲道が運営を任されています新大久保店で、板前同士の料理コンクールなどを実施してみるのも一案かと思うのですが…」
「それは面白いアイディアですね」
と、会長である紀子も大いに賛同を示した。それからは各自が色々と意見を出し合って、社長の発案をどの様にしたら具体化出来るかで会議は何時になく盛り上がった。
次回に続く
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