中沢家の人々(111)

里美はニコニコ笑いながら、
「相変わらずママはお口が上手です事、でもその気になって一生懸命に頑張ります」
と里美も如才なく答えた。
こうして里美は11月30日の火曜から六本木の葵で働き出した。妊娠、育児と続いてこの5年余りは、殆んどアルコールを口にする事がなかったのでビール1本でも少し酔いが回る様だった。だから自分は余り飲まないで上手に客に勧める事に専念した。もっともこれは一流ホステスの常套手段ではあったが。
六本木の葵にも古くからの客が里美復帰の噂を聞きつけ何名かはやって来た。その中の一人、40才台後半の沼沢が「葵」にやって来て珍しそうに里美の顔を見た。
「ずいぶんと久しぶりだな、今までどうしていたんだ?」
里美は笑みを崩さずに
「国元の父が長い事、病気で寝ていたんですよ」
「国元の父親がね!里美の田舎は何処だっけ?」
「九州ですけど、それが何か」
「本当に九州なのか、東京の品川あたりで見かけたなんて話もよく聞いたぜ!」
「そりゃ用事で偶には東京に顔を出した事もありましたけれど、殆んどは九州の実家で父親の看病に明け暮れていました」
そう、里美は堂々と開き直った。
「本当か、何処の九州だか怪しいものだが、まあ良いや。今日は里美との再会を期して乾杯でもするか」
側にいた数名のホステスを沼沢が呼び集めてドンペリニョンの蓋を開けさせた。里美は驚いて、
「まあ、沼沢さんドンペリなんかご注文なさって景気が良いんですね!私なんかに、そんな高価なもの頂いて宜しいんですか?」
と、里美は驚いて尋ねた。ドンペリは1本が50万円以上はするシャンペンで2~3人で飲めば直ぐに終わってしまう。
「ドンペリの1本や2本、別にどうって事もないだろう。何たって憧れの里美との再会だ、ケチ臭い事を言っても仕方がないじゃあないか!」
太っ腹な所を見せ沼沢は得意満面だった。里美はそんな彼にしなだれ掛かる様に近寄って、
「嬉しいわ、里美の事を未だ覚えてくれていたのね。これからもご贔屓(ひいき)にして下さいな」と言って、
沼沢の膝に軽く手を乗せた。沼沢は目尻を少し下げ、
「今日はいやに愛想が良いな、昔は振り向きもしなかった癖に」と、
幾らか絡む様な言い方をして来た。里美は全く動ずる気配も見せず、
「他の可愛い花に目を向けていたのは、沼沢さんの方じゃあなくて…」と言いながら、里美は沼沢の上腕を軽くつねってみせた。
「何だ、痛いじゃあないか!」と言いつつも沼沢の機嫌は良かった。里美は次のターゲットを沼沢に絞るべきか少し思い悩んだが、今しばらく様子を見ていようと考え直した。
次回に続く


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