中沢家の人々(112)

男選びに焦りは禁物である。金メッキを掴んで後悔するのは女の方が多いのだ。後3年もしない間に自分も30の年を数えてしまう。
ある意味では、この1~2年が自分の運命の分れ道だ。30を幾つも超えては女の若さは武器にならない。「葵」の暖簾を分けて貰って自分なりの小さな城を持つか、良いスポンサーに巡り合い店を持たせてもらうか、または資産家の配偶者をうまく探せるのか、ただの努力だけではなくそこには運も強く介在している。
それはそれとして、今は少しでも金離れの良い客を多く手にして葵のナンバー1ホステスの地位にどれだけ早く輝くかだ。さらに里美は自問自答を繰り返した。
「もう私は22~3才の小娘でもない。男の表も裏も十分に知り尽くして来た。学歴もなければ大した教養もない自分がどの様にしたら社会的に這い上がれるのか?」
里美なりに色々と思い悩んでいた。その第一歩として彼女は毎朝、新聞を読む事にした。彼女の生活でこれまでは新聞を読む習慣は全くなかった。外界の情報は殆んどがテレビに頼っている日々で、本を読む習慣もなかった。
定時制高校に通っていた1年間だけが里美の教養の根幹だと言っても良いぐらいで、あの頃は女子大生の朋子と同居していた影響もあって里美の知的好奇心が最も旺盛な時期であったと言えるだろう。
その後は高校教師の水沢と同棲したり、クラブ「葵」で働いたりして社会的狡智には長(た)けて来たが、人格形成を培う教養とは似て非なるものが里美の精神を歪め出していた。
里美自身がその事には以前より何となく気づいていたが、若さと云う武器だけで今日まで何とか過ごして来た。
しかし、高級クラブ「葵」でトップホステスの地位に上りつめるにしても資産家のパートナーを探すにしても、若さだけではなくそれなりの教養は絶対に必要であると真剣に考え始めたのだ。だから新聞を読むにしても第一面から読む様に努めた。初めの内は漢字も、内容そのものも難解で理解出来ない事ばかりだったが、数ヶ月もしない間に世の中の流れや時事問題にも理解力が増して来た。社説なども積極的に読む様にした。
そんな努力を重ねている内にクラブの客からも、
「里美は可愛いだけではなく、物知りで教養豊かな女性なんだ」
との評判が立つ様になって来た。
若さだけで客の助平心を誘うホステスから、政治の話まで出来る一角のホステスへと成長して行った。そう云う評判が彼女の自信にも繋がって来る。その内、話題になっている小説なども出来る限り読む様になった。
1年もしない間に客との話に深みが加わり、語彙も豊富になって来た。時の総理大臣などの批判も客の意図に合わせ即妙に受け答え出来る様になっていた。
そして控えめである事にも心を配り、知らない振りをして客のプライドを高める術(すべ)さえも忘れてはいなかった。
次回に続く
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