中沢家の人々(114)

しかし、暫くしてその謎も何かぼんやりとした幻影の様なものが見え始めていた。もちろん沼沢の口からは何も出て来ないのだが。もしかしたら特殊な株取引のグループに所属しているのではないのではないのだろうか?…と、噂の様なものが店全体に流れ出していた。
沼沢が酔った勢いで一言、二言それらしき話をふとホステスの誰かに漏らしていたのかもしれない。
事実、彼は或る仕手グループの会員になっていた。このグループの手口は色々なパターンはあるものの多くは東証一部、二部を問わず目星を付けた銘柄に徹底的な買いを入れて行く。特定の資産家を巧みに勧誘してA会員、B会員、C会員と分け、A会員の会費が月200万円、B会員は100万円、C会員は50万円と分類されていた。
先ず足袋の老舗「ふくすけ」に狙いを定めると、A会員に買いのシグナルを情報として流す。1株を300円ぐらいで仕込ませ、「ふくすけ」に関する作為に満ちた裏情報を市場に流す。例えば台湾に新たな工場進出の計画があるとか云った裏話であったりした。事実の有無は関係ない。
それに乗じて1株600円ぐらいに高騰して来ると、今度はB会員に「ふくすけ」が買い頃ですよと囁やく。それに釣られ1000円ぐらいにまで値が上がって来ると、今度はC会員に買いの誘いを入れる。この辺りから「ふくすけ」に何か隠れた情報があるかもしれないと市場が疑いを抱き、株価は2000円ぐらいにまで急騰しだす。一般投資家も誘われる様に買い出すと、仕手グループは全会員に
「ここからが最後の買いです。ゴールは3000円~5000円ですと、目標額を示唆する。3000円ぐらいになるとA会員には売り逃げを指示し、3500円ぐらいでB会員に、4000円に達するとC会員にと売り逃げの伝達をして行く。
常にA会員の安全性を最優先させる。その為にこのクラスの会員になるには同じA会員2名の推薦状が必要となる。もちろん個人面談もなされ社会的地位もかなり高くなければ入会出来ない。沼沢は、この仕手グループのB会員から半年前にやっとA会員に格上げされたのだ。
仕手グループによっては2年間の実績で上級会員に格上げするシステムを取っている所もある。絶対なる秘密保持が仕手グループの生命線となっている様だ。
沼沢の社会的立場ではA会員にはなりにくいのだが、過去の売買代金がB会員の中でも群を抜いていたので、その実績が買われたのである。
A会員になって1年半、沼沢が株の売買で上げる収益は月間で1億円以上にはなっていた。しかし、この金が自由に使えるかと言うと難しい問題が幾つか残っている。殆んどが裏金に近いので銀行は経由せず、郵便貯金(現在では通用しない)やワリコー(当時は無記名で可、現在は不可)などで隠匿している事が多いので、不動産などを買う時は苦労を要する。ただ旅行や証拠にならない消費で使う分には全く問題は起こらない。
その意味では高級クラブで湯水の様な金の使い方が最も安全ではある。
そして事実、沼沢はその様な金の使い方をしていた。もちろんその秘密は誰にも明かさない。自分一人の才覚で金儲けをしている様な顔つきではいる。だから「葵」の誰かが、この沼沢の秘密を現実に嗅ぎつけた訳ではない。ただ彼の口から株取引の話が多くなって来たに過ぎない。
次回に続く

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