中沢家の人々(119)

沼沢は少しばかり、勿体ぶった顔つきで
「単純に言えば、正規のビジネス以外で多額の金儲けをしたければ商品相場とか株取引が一般的だけど、これで確実に利益を上げるのは容易じゃあない。だから、そう云った取引きをする人間の多くはチャートと呼ばれる幾つもの指標を使うのだが、この指標の読み方を覚えるのも並大抵の苦労ではない」
里美には雲を掴む様な話で何を言っているか分からなかった。それでも一様は話し相手のつもりで、
「その株取引で沼ちゃんは大儲けしているとでも?」
と、興味のない様子で尋ねた。
「その通りなんだ」
沼沢は誇らし気に答えた。
「でも、それって一種のギャンブルでしょう。確実に何時迄も儲かるって云うもんでもないんじゃあないの!」
「まあ、普通に考えれば里美の言う通りだ。しかし、儲けるには儲けるルールと云うものがあるのだ」
「どんなルールなの?」
「単純に言えば腹八分目と云って決して欲張らない事だ」
里美は意味不明な顔をして、
「失礼な言い方かもしれないけど、株取引って大体が欲張った人がするもんじゃない?それを腹八分なんて事が出来るの!」
「里美の言う通りだ、だから殆んどの人間が株とか商品相場では失敗する例が圧倒的に多いんだよ。つまり、この様な相場で打ち勝つには徹底的な自己抑制が必要となるのだが、現実にはその様な自己抑制が出来る人って云うのは1%以下の人しかいないだろうね」
「それって、沼ちゃんは徹底的な自己抑制が出来て株で確実に稼いでいるって云う話なの!」
「まあ、そこまで偉くはないが腹八分を心がけているのは事実だ。それ以上に情報収集能力が必要ではあるけどね。株式専門雑誌とか経済ニュースの多くにも神経を配らないとね」
里美は別世界の話を聞く様に、
「沼ちゃんの言っている事は難し過ぎて私の理解を超えているわ」
と、答えた。そんな里美を励ます様に、
「そんなに困難な物でもないよ。将棋や囲碁と同じだ。初めは取っ付きにくいし、色々と定石やらルールを覚えなけりゃならないだろう。でも一度ハマってしまうと誰でもが夢中になってしまうだろ。それと同じだよ」
里美は口を少し尖らせ、
「私は将棋や囲碁なんて、そんな高尚なものは出来ませんよ!」
と、言い放った。そんな彼女を諭す様に
「別に将棋や囲碁が出来なくても構わないが、台所仕事はどうだ。あれだって慣れるにはそれなりの苦労を要するだろう。
味噌汁一つ作るにも美味しい味を出すには、それなりの工夫が必要だろう。魚の焼き方だって同じだと思うがね。胃の中に入ってしまえば何でも同じだと言ってしまえば、それまでだがね!それでは美味しい物を食べる喜びは何処からも出て来ないだろう。生きる事に何の潤いも感じないと考えてしまうんだがね。潤いのある人生を求めるには、それなりの努力と創意は必要だよ。ただ食って、寝ているだけの毎日なんて味気ないだろう。
俺が年甲斐もなく、20近くも年の離れた里美を何とか口説き落としたいと頑張っているのも、そんな潤いを求めている事に他ならないなだろう。多くの中年男は20台の若い女を口説こうなんて誰も考えやしないよ」
そんな沼沢の話を聞いて里美は、
「あら、いよいよ本格的な口説きが始まったのかな」
と、少し戯(おど)けて見せた。
次回に続く
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