中沢家の人々(124)

その週の金曜日に沼沢がまた「葵」にやって来た。2500円まで値を下げた株価は3200円にまで、また上がって来た。沼沢は上機嫌で、
「里美どうだ、俺の言った通りだろう。4000円ぐらいが売り頃かもしれない」
と、ウィスキーを片手に沼沢は得意げに語った。里美は少し気恥ずかしそうに小さな紙袋を沼沢にそっと手渡した。沼沢は中身を改めて、1万円札の束を見た。
「これは何だ!」
と、驚いて里美に聞き返した。
「うん、沼ちゃんにお借りしていたお金です」
と答えた。
「何だ、もう売ってしまったのか?まだ10日ぐらいは待っても良かったのに!」と、
沼沢は少し残念がった。
「そうよね、沼ちゃんの言う通りだと思うわ。でもある日、突然に下がってしまうかと考えたら毎日がドキドキして落ち着かないのよ。ご免なさい、勝手な事をして…」
「まあ、初心者だから丁度良いかもしれないな。むしろ勇気ある行動と言えるかもしれない。所で、どのぐらい儲けたのだ?」
「700万円少し欠けるぐらいかしら、でも株って当たると凄いのね。毎日が驚きの連続だったわ」
「まあ、何時もこんなに上手く儲かるってもんでもないが今回は多分にラッキーだったかもしれない。何にしても、お目出度う。これからの勝利を願って乾杯するか!」
里美はニッコリと素直に、
「はい、有難うございました。これからも宜しくお願い申し上げます、沼沢大先生」
「おい、大先生は嫌味っぽいだろう」
「あら、そうかしら。心から尊敬しているのよ。今までみたいに軽々しく沼ちゃんなんて呼べないわ!」
「いいよ、今までと同じ沼ちゃんで…」
「でも、私に色々と指導して下さるのですから先生である事には変わりはないでしょう?少なくても先生とは呼ばせて下さいな!」
「分かった、分かった、里美の好きな様に呼んで良いよ。それと今、里美から返されたこの100万円だが、これは里美の初勝利のご祝儀として上げるから俺に返す必要は無い」
と沼沢は、きっぱり言い切った。里美は心の底から驚いた顔をして、
「本当なの、どうして沼沢さんはそんなに優しいの!」
と言うなり、里美は沼沢に思い切り唇を合わせて行った。人もいるお店の中なので沼沢も少し面食らったが、彼の男自身は心地良く反応した。数名のホステスの目には留まったが誰も何も言わなかった。
何と言っても里美は「葵」ではトップホステスだし、沼沢は最上級の客なのだ。
それも唇を求めに行ったのは里美の方からであった。もし、沼沢の方からそう云う行為に出たのであればボーイの誰かが軽い注意は促したかもしれないが…
その日、沼沢は美酒に酔いしれているかの様だった。テーブルの下で二人の指は絡み合っていた。もう、そこは誰も近寄れない密室の空間を醸し出している様だった。沼沢は言いしれぬ征服感に浸りながら里美の膝に手をやりながら、
「今度はどうする。また保護者付きで株取引をするのか、それとも俺のアドバイスを元に、自分で株の売買をしてみるか?…里美はどうしたい!」
と、沼沢が聞いて来た。
次回に続く

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