中沢家の人々(125)

里美は少し考えて、
「今回の取引で800万円近いお金が入ったけれど、これは沼ちゃんが、あっ!いけない。沼沢先生が稼いだ様なものだから800万円の半分だけは先生の仰る銘柄を買ってみて、後の半分はこれまでに受けたご指導で自分なりに考えて買ってみます」
と、健気な答え方をした。沼沢は大いに満足そうな顔で、
「うん、非常に的確な答えだ。里美自身の力を養う上でも理想的なやり方じゃあないかな。後、やっぱり先生って言い方は止めて欲しい。何か俺自身が落ち着かないよ。せめて滋(しげる)さんぐらいなら沼ちゃんと言われるよりは少し親密感が増す様な気がしないでもないが…」
「そうなの、それならこれからは滋さんって呼ぶわ…ちょっとした恋人気分ね」
「そう言われると俺も若返って、里美の為に一肌も二肌も脱ごうって気持ちが強くなるよ」
そんな話の中で里美の初勝利の夜は更けた。里美が2750円で売り抜けた株価は、その一週間後には3500円まで値上がりした。それから3日後に沼沢は4200円で売り逃げをした。
結局、沼沢はこの一勝負で実に2億円近い利益を手にした。さすがに彼もこの手応えにはかなり興奮した。その後の株価は一度3000円まで値崩れを起こし最終局面では6080円まで値を伸ばした。仕手株の狂った様な暴走の仕方であった。その株価の強烈な上昇を見て、さすがに里美も売り急いでしまった自分を少し恨んだが何事も腹八分と言われ気持ちを取り直した。それから5日後に里美と沼沢は別々にバイオ株A社の株を420円で里美が8000株、沼沢が10万株を買い込んだ。それ以外に里美は電気株を1600円で2千株を仕込んでみた。沼沢にも相談しないで初めて買った株である。それから一ヶ月間と云うもの二つの株価は全く動きを見せなかった。しかしバイオ株A社はそれから特許出願が相次ぎ420円の株価は一気に2500円まで、その後も3600円まで値を伸ばした。沼沢はここで売却し、里美にも売却を勧めた。しかし里美は以前の事があったので後10日は待ちたいと言い出した。その数日後にはバイオ株A社の特許出願は全て受理されなかった。出願データに虚偽が発覚したのだ。当然の如くA社の株価は連日の様にストップ安を付け里美は処分に困り果てた。420円の株価は80円にまで下がり、それでも未だ値が付かなかった。里美は震える様な日々を過ごしていた。
沼沢は、このバイオ株で3億円以上の利益を確保したが里美は散々な目にあって300万円近いお金を失った。また里美が買った電気株も扮飾決算が税務当局から指摘され、これも又連日の様にストップ安を付け出し里美の心中は穏やかものではなく、眠れぬ日が幾日も続いた。
数日して沼沢は「葵」にまた来た。自信に満ちた彼の顔を見ていると、里美は少し憎らしさを覚えた。今や里美が初勝利で獲得した株での利益は、殆んど無くなりかけていた。沼沢はそんな彼女を慰める様に、
「今回は惜しかったな!…あのバイオの株はどうしている?」
と、聞いて来た。
「うん、あの時に沼ちゃんの言う様に売却しておけば良かったのに私が馬鹿だったのね。大先生の言葉を無視したばかりに大損よ!」
「里美は何千株を買ったんだ?」
彼女は項垂れる様にして、
「8千株なの」
と、かぼそく答えた。
次回に続く
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