霜月の夕暮れ(7)

しかし、日本全体の景気は未だ少しも上昇して来ない。伸枝の勤める出版社も業界全体が不況で雑誌の売れ行きは確実に落ちている。この4月に課長に昇進したと言っても年収は精々600万円ちょっとだ。夫との二人暮しだから夫婦では2600万円近い稼ぎになってはいるので生活そのものは、かなり楽だった。
母には父の残した預金が2000万円ぐらいと、年金があるので日々の生活に不自由は感じていないと思うが…
しかし問題は経済的側面よりも、母がこのまま一人で自立出来るかだ。
翌月曜日、伸枝は会社に欠勤届けを出して近くの都立病院に母を連れて行った。
母の認知症への疑いが捨て切れなかったのである。午前8時半には病院に着いて、総合外来窓口で先ずは相談に乗ってもらう。どこの診療科にかかれば良いのか見当もつかなかった。受付け嬢は首を傾げていた。
「物忘れですか?…申し訳ありませんが、この病院には認知症専門的外来はないので神経内科、いや精神科で診て頂くしかないのですが…」
と言われ、伸枝は驚いた。これだけ大きな総合病院だから、行けば何とか成ると思ったのが実に甘い考えだった。それにこの病院に母を連れて来るのも容易ではなかった。昨晩たまたま区の特定健診の通知書が、箪笥の脇に置き忘れてあったのを伸枝が見つけ出し、それを母の目の前に出して
「お母さん、最近健康診断を受けた事があるの!」
と、問い質したのだ。
「健康診断?…そんなものは受けた事もないよ。どこも身体なんか悪くないもの」
と、母は訝しげに反発して来た。
「お母さん、またそんな事を言う。お父さんだって何年も毎日ゴホゴホと咳をしながら医者なんか行きたくないと言っていたのを忘れたの!?それが、4年前に血痰が出て、やっと病院に行った時は手遅れの肺癌だったんじゃない!」
「そうだったね、あの時の血痰には驚いたね!…布団のシーツが真っ赤になったっけ。あれ、あの時はお前もいたんだっけ?」
「私はいなかったわ。でも、電話で泣きながらお母さんに聞かされたでしょう…
あの時のお父さんは73才だったのよ。今のお母さんと同じ年じゃない。
それともお父さんと同じ様に、自分はどこも悪くないって言い張るつもり?」
そうやって母を説得し連れて来た病院だ。認知症の専門外来がないと言われても、他の病院に行く言い訳が立たない。
しかし、精神科に行くのは母にも抵抗があるだろう。今日の所は神経内科で相談するしかなさそうだ。伸枝はそう心を決めて神経内科の外来受け付けを済ませ、10数行に及ぶ問診票を手渡された。氏名、生年月日、性別に始まって、外来受診の目的、過去の病気の有無、入院歴、アレルギー、家族の病気、現在の食欲、飲んでいる薬の内容その他、細々とした質問が多数ある。母一人で来たらどうにもならなかっただろう。たった一枚の問診票を仕上げるのに20分近くかかってしまった。外来受付に問診票を手渡したのが午前9時半だった。そこから待つこと一時間。やっと看護師に呼ばれ小さな面談室に通された。看護師が伸枝を見て、
「患者さんのご家族ですか?」
と尋ねたので、
「はい、そうです。」
と、答えた。
次回に続く
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