霜月の夕暮れ(15)

その横から伸枝が、
「それって、もう手遅れって云う意味ですか?」
と、かなり感情的な質問をぶつけた。
医師はメガネのレンズを拭きながら…
「そうは言っておりません。ただ極めて難しいとだけ、お伝えしているのです」
と、苦しい説明をした。俊治が重ねて医師に尋ねた。
「このまま何もしなければ、どうなるのですか?」
「少なくても、1~2ヶ月以内には腹痛、便秘、排尿障害さらに腹部の膨大など、癌細胞の急激な増殖による幾つもの症状が出て来ると思いますが…」
と、医師はあくまでも慎重に答えた。伸枝がまた泣き叫ぶ様に尋ねた。
「では、どうすれば良いのですか?」
医師は伸枝の顔を真っ直ぐに見つめ…
「どの程度の事が可能なのか、私たち医師が現代医学の出来る限りの知恵と技術を精一杯に駆逐して頑張るしかないと考えますが…」
と、答えた。
その真摯な医師の発言に、俊治と伸枝も共に外科部長に純一の全てを任せるしかないと思った。こうして入院日は2月8日の月曜日、午前10時と決まった。この日も俊治は会社を休み親子3人で世田谷の国立小児病院に向かった。この日の天候も朝から澄み切った青空であった。公園の木立は落陽の葉がすべて落ち寒々としていた。病院では基準看護制で付き添いはいられないと言われたが、生後5ヶ月の純一を一人で入院させ伸枝だけが自宅にいると云う訳にはいかなかった。伸枝にとっては純一のそばに居続け、彼と共に開腹手術や抗がん剤治療に付き添い、母の立場から彼の病気と闘う事だけが精一杯の我が子への償いと考えた。そんな喫煙者の屯(たむろ)する職場で働いていた無自覚の自分に対しての、言うに言われない母親の哀しい慟哭でもあった。
ここで、日本の禁煙運動はどうなっているか。
日本専売公社は1949年6月1日に設立され、「たばこは心の日曜日」のキャッチフレーズで売りだしていた。1985年(昭和60年)に日本たばこ産業株式会社 (JT) が設立され専売公社は解散した。
世界保健機関(WHO)は、世界で毎年約300万人が喫煙を原因として死亡していると主張している。病気の原因のうち、最も死亡者が多く、最重要課題である。各国政府は、タバコの害を広く国民に広告し、禁煙を勧める政策を施行している。欧米諸国では、こうした政策が奏功し、次第に喫煙率は低下している。日本は、先進国の中では、最も喫煙率が高い。日本におけるタバコの税率は約65%で、この税収により日本たばこ産業株式会社 (JT) の禁煙運動が欧米より遅れた最大原因となっている。
WHOでは、禁煙を強く推進しており世界禁煙デー(毎年5月31日)を定めている。
それでは話を伸枝と純一の闘病生活に戻そう。先ずは2月11日の木曜に純一の開腹手術が始まった。CT上で認められた癌細胞は3つであったが、開腹時には4ヶ所に癌細胞が見つかった。膵底部に2つ、左腎1つ、右副腎1つで手術時間は10時間に及んだ。朝10時から始まった手術は夜8時まで続いた。控え室で待つ俊治と伸枝にとっては、気の遠くなる様な永遠に近い時の流れだった。共に食事も忘れ、ただ祈り続けるしかなかった。もう一度、我が子をこの手に抱きしめたい…そんな望みが彼等夫婦の胸中を一杯にしていたに違いない。
次回に続く
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