霜月の夕暮れ(16)

夜8時過ぎ、手術室のドアが開いた。4人の医師が額に汗を滲ませ出て来た。その中の外科部長が、我が子の手術結果の是非を待ち続ける若き父と母の姿を目にした。医師は自らの疲れは忘れて、
「長い間、お待ちになってお疲れになったでしょう。こちらの面談室までお越しになって頂けますか…!」
と言って、彼等夫婦を6畳程の小部屋に招き入れた。部屋に入るなり伸枝が、
「先生、手術の結果はどうでしょうか?」
と、暗い面持ちで尋ねた。
「はい、ただ今ご説明いたします。先ずはお二人ともお座り下さい。手術自体は概ね成功であったと言って良いでしょう。手術前の検査で三ヶ所だと考えていました癌細胞は開腹して四ヶ所に見つかりました。膵臓に2つ、左腎臓に1つ、そして右副腎に1つの計4つでした。周辺臓器のリンパ郭清術も出来る限り慎重に行ないました。尿管など他の臓器への転移は現時点では認められませんでした。だからと言って何処にも転移が全くないかと言われますと、疑問は残ります。ともかく小児外科医4人の目で他に癌細胞の取り残しがないかを1時間以上は探し求めました。8個の目で探しましたが、それらしき癌細胞の転移を探し求める事は出来ませんでした。但し、この様な小児癌ですと思わぬ臓器に癌細胞が飛び散っている事もありますので、未だ油断は出来せんが…」
夫の俊治は十分に納得した。
「これ程に長い時間、息子の純一にお骨折りを頂き感謝の言葉もありません」と、礼を述べた。しかし妻の伸枝には、そんなに単純には理解出来なかった。
「この子はこれで本当に助かったのでしょうか…?」
それは自分の腹を痛め、今日まで育て上げて来た、言うに言われぬ赤子の温もり、その可愛い重さを知る母の沈鬱な思いだった。この子の為なら自分の中のどんな臓器を提出しても、この子の命は助けたいとも言える悲痛な叫びである。そんな伸枝の質問には答えず、外科部長は静かに説明を続けた。
「しばらくは禁食状態となり、中心静脈栄養により栄養管理をして行きます。手術後の回復を待って抗ガン剤の治療法を検討する予定です」
「中心静脈栄養って何ですか?」
と、俊治が尋ねた。
「はい、手術の同意書を頂く前にもご説明したと思うのですが、手や足の細い血管ですと十分な栄養輸液を補給出来ないので、心臓に近く太い血管内にカテーテル先端を留置しておくのです。そうしますと、数ヶ月間は毎日の様に細い血管に点滴をしないで済むのです。現実には手術前に中心静脈栄養は右鎖骨下に設置してあるのですが…確か同意書の署名は頂いたはずですが!」
俊治と伸枝は手術前に貰った幾枚かの書類をひっくり返しながら「中心静脈実施の説明書」を探し当て、そこに俊治の署名を認めた。俊治は医師に軽く頭を下げ、
「失礼しました、確かにご説明は頂いております。妻と私は幾枚もの承諾書に署名をしていて、少々混乱しておりました。それで、抗ガン剤の治療はどうしてもしなければならないのですか?」
医師は彼等夫婦を諭すかの様に、
「実際のスケジュール調整は、本日摘出しました癌細胞の病理検査が済んでからになります」
俊治がまた聞いた、
「病理検査って何ですか…?」
外科部長は、長時間に渡る手術後に度重なる彼等の質問に、やや疲労の色を濃くし始めた。
次回に続く
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