霜月の夕暮れ(19)

伸枝が毎日病院に通い続けても、純一はいつも眠り続けていた。担当ナースに相談すると経過は良好であると言ってくれるが、我が子のそばにも近寄れない現状ではナースの話を信じるしかない。
それから数日して外科部長から自宅に電話が入る。
「手術後2ヶ月目のCTで左右尿管上部に小豆大の腫瘍性病変が発見された」と。
「えっ、未だ癌があったのですか?」
早鐘の様に鳴り響く伸枝の心臓は、息苦しく喘いでいた。
「はい、誠に申し上げにくいのですが、すぐ再度の手術が必要になって来たのです…」
「また手術をするのですか!!…そんなに手術ばかりして大丈夫ですか?」
「ご心配は尤もですが、ともかく病院の方に至急お出で頂きたいのですが…」
「今すぐ主人と連絡を付けてみますが、連絡が付かない場合は私一人でも宜しいでしょうか?」
「もちろん、お一人でも結構です」
と、医師は頭を下げながら電話を切った。伸枝は未だ鳴り静まらない心臓の鼓動を感じながら夫の会社に電話をかけた。
「もし、もし、お忙しい所を申し訳ありませんが、山口の家内です。主人をお願い出来ますか?…はい、至急の用事がありまして…」
何時もより声が上ずっていた。しかし、夫は外出中であるらしかった。その返事を聞かされただけで、肩の荷の重さがより苦しくのしかかって来た。
「分かりました、夫が戻って来ましたら世田谷の病院の方へ来る様に言付けをお願い出来ませんでしょうか、どうか宜しく…」
それだけを、何とか言い終えて電話を切った。ともかく一人で行くしかない。気候は3月に入っていたが、風の冷たさは肌を突き刺す様であった。5階外科病棟に顔を出しカウンター越しのナースに先程、外科部長に呼ばれた山口である事をやっとの思いで告げた。10分程待たされ外科部長がやって来る。その顔は重々しかった。
「お待たせしてすいません。先程お電話でも申し上げましたが今日のCTで、さらに二ヶ所に癌細胞らしき所見が認められたのです。前回の癌細胞よりは未だかなり小粒ですので、出来る限り早めに摘出すべきだと思うのですが…」
そう言って医師は深い溜め息をついた。
伸枝は医師に詰め寄るかの様に、
「本当にそれは癌細胞なのでしょうか?」と、
改めて問い直した。そんな話の最中に夫の俊治が息を弾ませながらやって来た。夫がそばに寄るなり、伸枝はその両手を固く握り締め…
「あなた、また純一の身体に癌が見つかったって言うの…!」と、
伸枝は泣き崩れるばかりだった。
「先生、それは本当ですか?…前回の手術で全ての癌が取り切れてはいなかったのですか?」
医師は言い訳でもするかの様に、
「前回の手術終了時にもご説明したと思いますが、我々の肉眼では探せない癌転移もあるのです。今回CTで発見された癌細胞は左右尿管上部に1ヶ所づつの計2個です。前回の癌細胞よりはかなり小さいので手術自体も、あれ程に大掛かりなものとはならないと思います。
このまま放置しておきますと左右の尿管が閉塞して尿が出なくなる恐れさえあります。そうなると水腎症の危機が間違いなく出て来ます」
俊治が初めて聞く言葉に、
「水腎症って何ですか?」と、
首を傾げて医師に尋ねた。
「私たち人間には腎臓が2つありますが、その腎臓の役割りは体内の不要物を尿として排出させる事にあります。尿管と云うのは、その排出路ですよね。その尿管が閉塞したら腎臓に溜まった尿は何処から逃げれば良いのですか?…逃げ場が失われて腎臓に溜まるばかりです、それが水腎症です」
次回に続く
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