霜月の夕暮れ(23)

伸枝は、これまで集めた取材レポートを整理しながら改めて考え直した。
「女性中心のグルメ」とは、
何かを?
「時間を気にせずゆっくり寛ぎたい、
たっぷりおしゃべりを楽しみたい。
カフェメニューはおかわり自由が良い」
などのリラックス感が最優先の課題となるのかもしれない。ともかく、自分で提案した企画だけに何とか成功させたかった。しかし何処かで母の事が気になっていた。本当に一人暮らしが可能なのか…やはり同居せざるを得ないのか、迷いは尽きない。
あの天ぷら火災の件以来、目白のマンションには殆んど帰っていない。たまに洋服や下着を取りに帰るぐらいだ。
巣鴨の会社から田端の実家まで通っている方が時間的には楽だが、気持ちは落ち着かない。やはり20年近く住み馴れた夫とのマンション生活の方が、現実感がある。
そうは言っても、母一人で今までの様な生活が可能なのか不安の根は取り除けない。都立病院で薬をもらってからは母の精神は非常に安定している様に見える。
このままだと何の心配もなさそうであるが、果たして薬だけの影響なのか?
あるいは自分が同居している事による安心感も手伝っているのかは未だ分からない。スーパーの買い物も夕食の準備も母一人で無事に熟しているので、仕事から帰っても逆に楽だ。
夜8時に帰っても、母がにこにこ笑って夕食が出来上がっている。このまま夫も誘い入れ母と同居した方が何かと都合が良いのではないのか…そんな気にさえなって来る。
夫の出張はさらに1ヶ月以上も延期となってしまったので、正月だけは一度戻るとは言ってくれていたが当てには出来ない。今や総合商社の本部長として至る所を駆け回っている事だから、時には正月も何もあったものではない。
それはそれで、伸枝も雑誌編集の仕事に専念出来て都合の良い一面はあった。
また伸枝の仕事の都合が付けば、夫と一緒に海外出張に10日程は付き合った事もあった。まあ、妹から見れば3人の子供を持ってその日暮らしに追われているので、伸枝の生活は自由で気楽なものと映ったに違いない。
12月も半ば頃になり、年末商戦の慌しい季節となった。街の至る所で、ジングルベルが鳴り喧噪の度合いを深めていた。しかし新しい安倍政権の樹立が決まったばかりなので、この先の景気は未知数であった。エコノミストは色々な憶測を飛ばしていたが、どれも当てにはならないだろう。この20年間で欧米先進国のGDPは急上昇しているのに、日本だけが完全に立ち遅れている。国民年間所得が他の先進国に比べ驚く程に上がっていない。日本経済は縮小するばかりである。
にもかかわらず、少子高齢化は進んでいる。医療費も介護費も増大するばかりで、厚労省はやっきになっている。どうすれば、社会福祉費を抑制出来るか悩み続けているのだ。かつて、
「医は仁術から算術に成り下がった」
と批判された時代があった。しかし今や算術ではなく、高等数学になっている。
どの様にすれば最も効率良く医療保険の点数を受け取れるか、時間を短縮して患者数をより多く熟せるかが大病院である程、重要視されている。常に最先端の医療機器を備え、それらの償却期間を縮める為には先ず検査ありきである。
認知症など丁寧に診ていた日には、たちまち赤字経営に追い込まれてしまう。医師が自分の目と手で診断するよりは高度の医療機器を駆使する方が先だ。その画像診断を短期間に分析して説明する。
次回に続く
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