霜月の夕暮れ(25)

それ以来、吉子はちょっとした事で怒りやすくなって来た。伸枝には母親の心の変わり方がどうにも理解出来なかった。
しかし、それから10日もしない間に元の優しい吉子に戻って来た。何がどう変わったのか、伸枝は深い闇の中に一人ぽつんと取り残された感じであった。
ものの4~5日もしない間に、その謎は薄っすらと分かりかけて来た。12月20日の朝以来、伸枝は吉子にアリセプト5mgの服用をチェック出来なくなっていた。母子関係の気まずさが続く日々では薬の服用を心安く勧められなかったのである。その結果、吉子はアリセプト5mgをずっと服用していなかったのだ。ある日、何気なく吉子の薬袋を覗き見るとアリセプトの錠剤が手付かずのまま残っていたのである。
これは一体どの様に考えたら良いのか?
ともかく伸枝は薬を飲ませない事にした。母親は日々穏やかになって行く感じだった。12月30日に夫も帰って来た。そのまま田端の実家に来てくれた。正月には妹の家族も来た。
長閑かに元旦の日が暮れた。母は誰の目にも変わった様子は見られなかった。妹夫婦も夫も伸枝の話をまともには聞いてくれなかった。
「お前も自分の仕事の事で疲れているんじゃないか?」
と、夫は慰めとも労わりとも言えない話し方をした。
吉子は妹の子供3人にそれぞれ1万円ずつのお年玉を手渡した。
「おばあちゃん、有難う」
孫たちは嬉しそうだった。伸枝の夫も彼等にまた1万円ずつのお年玉を手渡した。大学受験直前の孫が
「ラッキー」
と、はしゃいだ。
「しっかり勉強するんだぞ」
と、伸枝の夫が言う。母も一緒になって
「そうだよ、一生懸命に勉強して俊治おじさんの様に世界中を駆け回るのよ」
と、孫たちを励ました。
誰がどう見ても吉子に認知症の影は認められなかった。孫たちは不満そうに、
「誰もが東大に入れるものじゃあないでしょう。おじさんは例外だよ」
と、一様に抗議をした。俊治は笑って、
「確かに、東大だけが大学ではない。結果はどうあれ、努力する事が一番だ」
と、鷹揚に答えた。
伸枝は今まで自分一人が悩み抜いていたのが、馬鹿みたいに感じられた。
こうして家族団欒の正月も終わり、妹夫婦は2日に埼玉の川口に、夫の俊治も6日には出張先に戻って行った。
伸枝は1月7日の月曜日から会社に出勤した。10日の木曜、何時もよりは早めの6時に実家へ戻った。風呂場からお湯が流れ放しで出ている。浴槽の栓がしていなかった。母は台所で夕食の準備をしている。仕方がないので黙って浴槽の栓をする。洗濯機も止まっている。乾燥機能がストップしているのだ。この12月に夫が新しい全自動洗濯機を母にプレゼントしていったものだ。数日前までは普通に機能していたのに、どうしたものかと乾燥機能のフィルターを覗くとゴミがたくさん溜まり目詰まりを起こしていた。それも仕方なく、一人黙ってフィルター掃除をする。夫から買い与えられて、しばらくは小まめにフィルター掃除をしていた母のはずだったのに…
お正月は一家団欒で、吉子の頭の回転も良かったのに、また11月下旬に戻ってしまったかの様な小さな躓きの連続が始まっている。もう少しで今の雑誌の企画「グルメ探し」も終わりそうなのだが…何とも焦れったい!
次回に続く
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