霜月の夕暮れ(27)

医師は確認する様に 
「それでは貴方の方から薬の要望をなさったのですね。アルツハイマー型認知症と言われた訳ではないのに…」
「はい、その通りです。でも始めのうちはアリセプト3mgで非常に調子が良かったのです。それが2週間たって5mgに増量されてから急に精神のバランスが乱れ始めたのです。何か急に怒りっぽくなって怖いくらいです。それから母と疎遠な関係になってしまい今での様に毎朝、私がアリセプトを母に服用させづらくなって来たのです。本来、医者や薬は大嫌いな母ですから自分勝手にアリセプトを服用していないとの疑いを持ってみたのです。それとなく母の薬袋を覗いてみましたら、予測した通り殆んどアリセプトは服用していなかったようです。そうすると母の感情も以前の様にとても穏やかな表情に戻って来たのです。この母の心の変化は、どう解釈すれば良いのでしょうか?…私は途方にくれるばかりです」
医師は笑顔を口元に漂わせ、
「単純に言えば、アリセプト3mgがお母さんには最も適切な量だったのです。5mgに増量したので易興奮性(興奮しやすくなる)の副作用が出てしまったのです。つまり前の医師はアリセプトの増量規制のルールに従ったまでです。
初診ではMCI(軽度認知障害)と診断した様ですが、貴方の申し出によりアリセプト3mgを出したのです。それが思った以上に効果が出たので後は何も考えず5mgに増量したのでしょう。まあ、よくあるパターンです」
伸枝は少し怒った様に、
「こんな事が、よくあるパターンなのですか?…信じられませんわ!」
と、幾らか医師を詰る聞き方をした。
「お気持ちは分かりますが、結局私たちもメーカーの作成した服薬指導に従うしかないのです。もちろん医師たちの長い臨床経験の中ではメーカーの服薬指導に疑問を抱く事は多々あります。そんな時は服薬指導を無視して、医師自らの経験で服薬量を調整する事もあります。指導無視が100件のうちに1~2件なら目立たないのですが、10~20件以上となると目立ち始め、適切な保険請求が認められなくなるのです」
「そうなると、どうなるのですか?」
と、伸枝が興味あり気に聞いた。
「つまりは、私たちが行った適切な医療行為の保険請求が一部削減されるのです。この部分は服薬指導に従っていないと…」
「まあ、ずいぶんと横暴な話しなんですね?」
「それだけでも無いんですがね、大学病院なんかは、学会のデーター集めに、不要と思われる検査をかなり実施していますから、医療側にも問題はありますがね」
「そうなんですか、それで母の場合はどうしたら良いのでしょか?」
「先ず、始めの医師の診断をもう一度見直しても良いですか!」
「はい、お願いします」
「先ず、お母さまの歩き方は少しぎこちないですね。以前からこうでしたか?」
伸枝はあまり気づかなかったが、そう言われれば幾らか引きずる様な歩き方だ。
「すくみ足の傾向が見られますね、右手の震えなんかも少し見られるのではないでしょうか。以上を考え合わせるとレビー小体型認知症の疑いが強いと思います」
「レビー小体型認知症って何ですか?」
「パーキンソン病の類縁疾患って言いますか、レビー小体という細胞封入体が頭頂葉から後頭葉に出来るのがレビー小体型認知症で、同じ様なレビー小体が脳幹部に認められるのがパーキンソン病と言われているものです」
「細胞封入体って、何ですか?」
次回に続く
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