霜月の夕暮れ(33)

5月31日(金曜)に伸枝はサンパウロのマンションに戻った。その日は取材レポートを書いていたら、いつの間にかベッドに入り込んで寝てしまった。シャワーを浴びる気力さえなかった。8日間の取材旅行で感動と興奮の内に、疲労が極限に達していたのだろう。翌朝は7時に目を覚まし、先ずはシャワーを浴びた。8時、川口の妹に電話を入れた。日本は土曜の夜9時であった。妹の長男が電話に出た…
「あら、お母さんは?!」
「あっ、おばさんですか…確か今、ブラジルですよね。凄いなブラジルなんて…
ちょっと待ってくださいね、今お風呂から出て来た所ですから」
「お姉さん、ご免なさいお待たせして。
どう、ブラジルの居心地は?」
伸枝は取材して来たばかりの弓場農場の感動を語った。
「その農場は『祈ること、耕すこと、芸術すること』を理念としてね、農場員を拘束する規約はいっさい作らないのよ。農場に入りたい者は誰でも入れるし、出て行きたい者を止めることもしないの…いかなる理由からであれ、働かないことを咎められることもないし、私達の価値観からすると極めて非現実的な集団に見えるんだけど、この農場が激動期のブラジルで六十七年間を生き抜き、すでに三世の時代に移りながらもユバ・バレエが多くのブラジル人に愛され、芸術による人格の解放が農を支えているらしいって言われているのよ」
「へえ、そんな農場がブラジルにあるんだ。それって理想郷なの、あるいは社会主義的なの?」
「少なくても現実の世界にある社会主義国家とは違うでしょうね。でも北欧の国々でもそうだけれど、理想を追求すると貧富の格差は縮まるものよ。自由世界なんて言ったってアメリカの貧富の格差は日本の何倍もの凄さだし…何が理想かは難しいわよね!」
「日本は貧富の格差が少ないの…ちょっと信じられないわ!…現にお姉さんと内の家だって年収は何倍も違うんじゃあない」
「あんた、私に嫌味を言っているの?」
「そんな意味じゃあないわよ、もちろん。義兄さんと家の主人では学歴から違うんだから勝負にはならないのは仕方がないか!」
「まあ、そんな事はどうでも良いけどお母さんの体調はどうなの。私のいない生活にも少しは慣れて来た…?」
そんな伸枝の質問に、しばらくの沈黙が続いた。
「どうしたの、何かあったの?」
伸枝は焦れて聞き返した。
「それがね…」
と、静子は渋々答え出した。
「3日前に、お母さんが転んだのよ」
あまりの話しに伸枝は動揺を隠せずに、
「あんたは何をしていたのよ?」
と、ややヒステリックに妹を叱りつけてしまった。静子は心外だとも言える口調で、
「そんな言われ方をしたって、田端の行きつけのスーパー前で小学生の自転車にぶつけられたんだもの、私がどうにか出来るもんじゃあないでしょう!」
逆に食ってかかって来た。伸枝は少し冷静さを取り戻し、
「ご免、私の言い方が悪かった…それでお母さんの身体は大丈夫なの?」
「それがね、右大腿骨頚部骨折だったのよ」
「えっ、骨折したの⁈…それで今はどうしてるの?」
「そのままスーパーの前から近くの整形外科に救急車で運ばれて、6月3日の月曜日には手術するらしいのよ」
次回に続く
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