霜月の夕暮れ(35)

6月5日(水曜)になって俊治は戻って来た。5月23日に出かけて13日ぶりの再会だ。話したい事は山程あるが、先ずは母吉子の入院問題から説明する。50万円送金した事への許しも乞う。
「50万円の事より、お前も落ち着かないな。何時迄も静子さんだけに頼ってばかりもいられないしな…日本への飛行機は俺の方で早々に手配しておこう」
「有難う、助かります。でも私が帰国する前に一つだけお願いがあるの。あなたの会社関係で誰か著名な日系人との面会が取れないかしら?」
「成る程、それで伸枝の取材旅行が完成すると云う訳か…分かった、それも何とかしよう」
「本当にあなたって頼りになるわ!」
俊治は笑いながら、
「今更、俺を煽ててどうする」
と、鷹揚に答えた。
ブラジルで、日本人・日系人を表す言葉として、「ジャポネース・ガランチード」という表現がある。
直訳すると「保証つきの日本人」。約束を必ず守り、責任を持って仕事を果たす。コツコツとマジメに働いてきた日本人移住者が積み上げてきた信用が、「日本人、日系人なら間違いはない」という絶大な評価としてこの言葉に込められている。日系人がブラジル社会で占める人口比率は0.8%に過ぎないが、第一線で活躍する人は多い。
バニア・イシイ - 柔道家。チアキ・イシイの娘。
シゲアキ・ウエキ - 70年代に鉱山動力大臣とブラジル国営の石油会社ペトロブラスの最高責任者を務めた大物。当時の軍事政権下での最高権力者の一人。現在はコンサルタント会社を経営。
アントニオ・上野義雄 - 連邦下院議員連続30年の偉業を成し遂げた。
榎宮祐 - 漫画家、イラストレーター、小説家。本名:チアゴ・フルカワ・ルーカス。現在は日本の埼玉県に在住。
Carlos K. - 作曲家。
カルロス・トシキ - 本名:高橋カルロス敏樹(たかはし - としき)。日本の歌手。オメガトライブの元ボーカル。
セルジオ越後 - 元サッカー選手でサッカー解説者。
ルイ・オータケ - 建築家。東京の駐日ブラジル大使館公邸、大竹富江文化センターなど建築。大竹富江の長男など数え上げると枚挙に遑(いとま)がない。
夫、俊治の斡旋で何とか2名の著名日系人との面談に成功した。彼等に共通する信念は、祖国日本への限りないプライドであった。父祖の時代から叩きこまれた「神国、日本」とも云うべき信仰心に近い物だったかもしれない。
それも当然の事ながら日系二世、三世となるにつれ、その信仰心も薄らいで行く。それでも根っからの日本人よりは、その純血性は未だ保たれていた。もっとも日本に在住して日本に同化した日系ブラジル人は、その純血性は限りなく希薄化して現在の軽佻浮薄な日本社会に溶け込んでいた。
6月14日(金曜)、伸枝は一人サンパウロを発った。成田から目白のマンションに帰り着いたのは16日の夕方であった。
さすがに、その日は自宅マンションで寝てしまった。
翌17日は午後1時にマンションを出て、田端に近い整形外科の病院に出向く。昨夜の間に病院名は妹から確かめておいた。2時、母の病室に着く。初めて連絡を受けた個室と違って3階の2人部屋だった。隣のベッドは空いていたので個室に近い状態であった。1ヶ月ぶりに見る母の顔であったが、少しやつれて見えた。伸枝は笑顔を繕って、
「お母さん、ただいま!」
と、快活に声をかけた。吉子は突然の見舞いに驚いたのか、伸枝の顔を黙ってまじまじと見ていた。
次回に続く
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