霜月の夕暮れ(43)

この42万円の返金は嬉しかった。殆んど返してもらう事は諦めていただけに、何か儲けた気分にさえなった。箱根の豪遊もこれで何とか賄えるし、気持ちがずっと楽になった。夜になって妹の静子に電話を入れる。
「もし、もし、静子。連絡もしないで勝手に出かけていて、ご免ね。
お母さんが温泉に行きたいと言うから箱根で3泊もしていたのよ」
「箱根に行ってたの、良いな!…。私なんか1泊の旅行だって、10年以上はした事がないわ」
「何を言ってるの、親孝行の真似事じゃあない。そんなに言うなら、あんたがお母さんを箱根でも熱海にでも連れて行って上げたら良いじゃあない」
伸枝は我知らず喧嘩口調になってしまった。妹の今の生活状況でそんな事は無理だとは百も承知で、つい口走ってしまう。伸枝自身は自分の仕事を辞めてまで毎日母の介護をしているのに、そんな苦労を妹は少しでも考えた事があるのか?…そんな思いもあり、静子の言葉が幾らか癇に障(さわ)ったのだ。
「お姉さん、ご免ね。そんな意味じゃあないの。ちょっとした僻(ひが)みよ。そりゃ、お母さんの事を全て任せ切ってお姉さんには申し訳ないと思っているわよ。でも家の台所は、ご存知の様に火の車なの。旅行なんて考えた事もないから思わず愚痴が出てしまっただけよ。お母さんの事は本当に感謝しています」
そう言われて伸枝も自分が少し言い過ぎたと後悔した。それでも自分の天職の様なものだと思っていた雑誌記者の仕事を投げ打って、母の介護だけに明け暮れている毎日は辛い。
では、ただ辛いだけかと言うとそれだけでもない。少しづつ母の認知機能が改善して行く状態を見ているのは、大きな楽しみともなっていた。
毎日散歩をしたり、食事の買物に出かけたり、最近では食事の手伝いまでさせている。出来る限り古い映画(DVD)を見せたり、二人で童謡を歌ったり
「からす  なぜなくの  からすは
  やまに  かわいい  ななつのこが
  あるかよ…」
 とか、
「若くあかるい歌声に
  雪崩(なだれ)は消える   花も咲く
  青い山脈    雪割桜
  空のはて…
  きょうも  われらの  夢を呼ぶ」
などの歌を夕食の後片付けをしながら毎日のように母と歌った。
歌いながらの台所仕事は、それなりに楽しいものだ。吉子も鼻歌まじりで嬉しそうだった。そして歌詞そのものも少しづつ出る様になって来た。それに伴い話し言葉の数も増えて来た。それら母の変化を見ながら、伸枝は母の自立心を育む為にも出来るだけ家事労働はしてもらう様に努めた。トイレ掃除の好い加減さ、味噌の多すぎる汁、洗剤の取り切れていない食器、そのどれにも伸枝は一言も文句を挟まなかった。母の知らない所で黙って処理をしたが、食べ物だけは母に直接食べてもらい塩加減や味噌加減の間違いを気づいてもらう様に努めた。
しかし、それさえも分からない事がある。薄味には鈍感なのだ。味覚に異常があるのだろうか?…
それは認知症の為か、それとも他に原因があるのか…伸枝には判断がつかない。ともかく耳鼻咽喉科に行ってみる事にした。何でも認知症で片付ける事に疑問を持ったからだ。
次回に続く
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