霜月の夕暮れ(46)

そんな職場の雰囲気に溶け込んで1ヶ月弱、2月末の寒い日の午後に吉子が通っているデイサービスの老人施設から会社に突然の電話が入る。
偶々(たまたま)その電話を伸枝が取った。
「もし、もし、そちらに田村さんはお出でにならないでしょうか?」
「あっ、はい。田村は私の母ですが何か?」
「それは丁度良かった。お母さん…ね、先程から体調が悪いみたいで熱を測ったら38℃もあるのよ。申し訳ないけれど迎えに来て頂けませんか!」
「えっ、熱があるんですか。分かりました、直ぐそちらに行きます」
と答えたが、未だ仕事の遣り残しもあって少しばかり戸惑う。電話口で話の内容を小耳に挟んだ編集次長が
「山口さん、お母さんが病気ならお帰りになっても良いですよ。後は私たちで何とかしますから…」
と言ってくれたので、素直に甘えた。
「すみません、それでは母を迎えに行かせてもらいます」
と言い残して、吉子を預けてある老人施設に向かう。夫がブラジルに行っている間は、自分の通勤用に夫の車を使っていた。午後2時には施設に着く。母親はぐったりとしていて精気もなかった。担当のヘルパーが、
「田村さん、お昼のお弁当にはまるで手を付けていないのですよ。ともかく急いでお医者さんに診せて下さいな…」
と、心配そうに説明してくれた。伸枝は礼を述べ母親を実家近くのクリニックに車で連れて行った。クリニックの中はかなり混んでいた。先ず、受付でマスクを渡される。待合室にいる人たちの全てがマスクをしていた。1時間以上は待たされ、やっと母親の診察となる。熱は38.5℃で鼻の中に綿棒を入れられインフルエンザの検査を受けた。しばらくしてA型のインフルエンザであると診断されタミフルを渡され家に戻る。何かインフルエンザの集団処理工場から生還したみたいな気分であった。先ずは布団を敷いて吉子を寝かせる。タミフルを白湯で飲ませ、氷枕を充てがう。吉子が寝ている間に伸枝は食事の買物に出る。7時に戻り夕食の支度をする。吉子は未だ寝ていた。
8時に、おじやを作り母の元に運ぶ。
一口、二口だけ食べ、また寝てしまう。
熱は5日経っても下がらなかった。食欲も殆んどない。身体は如何にも辛そうだった。伸枝は会社にも行かず看病し続けたが吉子の治る気配は見られない。
「お母さん、病院に行って入院する?」と、
聞いてみたが答えない。さすがに胸騒ぎを覚え救急車を呼ぶ為、119番に電話をする。
「はい、こちら119番です。火災ですか、病気ですか?」
「はい、病気です」
「年令と病状を教えて下さい」
「75才の母親ですが、5日前から高熱で食事が殆んど取れません」
「分かりました。住所と名前を教えて下さい」
「はい、北区田端△△丁目の田村です」
「それでは至急に行きます」
との返事で、伸枝は急ぎ入院の準備にかかった。間も無くやって来た救急隊員はバイタルサイン(生命兆候)をチェックして都立病院に搬送した。病院に着き伸枝は、吉子がインフルエンザの診断を受けタミフルを5日間服用している、と説明した。救急受入れの窓口で、伸枝の話を聞いたナースは一瞬嫌な顔をした。
しかし、SpO2 (経皮的動脈血酸素飽和度)が84%と云う数値を見て入院に応じる姿勢を示した。
次回に続く
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