霜月の夕暮れ(47)

救命センターのナースは、医師の指示で酸素マスクの合間からインフルエンザ抗原のチェックをした。結果はA型、B型ともに陰性だった。タミフルによりインフルエンザの治療には、それなりの効果を上げていたみたいだ。
ともかく胸部レントゲン、血液検査などを至急実施する。
結果は右肺野に中等度の炎症所見が認められた。炎症反応CRPが23mg/dℓとかなりの高値である。酸素マスクは3ℓで抗生剤入りの点滴がつけられた。
一通りの処置を終え、救命担当医が説明に出て来た。
「インフルエンザに罹った後、体力が弱って抵抗力が落ちた所に細菌感染が合併して肺炎になってしまったのでしょう」
「かなり悪いのですか?」
伸枝は心配そうに尋ねた。
「そうですね、肺炎から心不全が誘発されなければ大事には至らないと思いますが、今の段階では何とも言い切れません」
「分かりました、どうか宜しくお願いします」
ただのインフルエンザに過ぎないと思っていたのに肺炎だと聞かされ、伸枝はショックを受けた。高齢者の肺炎は命取りになる事も多いなんて話を聞いた事もあるし…やはり自分が仕事に出たのが悪かったのか。
あれこれ思い悩んだが、今は医者に任せるしかない。ともかく一日でも早く治る事を祈るだけだ。雑誌社のパートはそのまま続け、仕事の帰りには必ず病院に立ち寄り、看護勤務室で吉子の病状を確認した。10日目頃から熱は下がって来たが食欲はまるでないらしい。ナースに理由を聞いてみるが、担当医と面談の約束を取ってくれと言われ、伸枝の質問には答えてもらえなかった。2日後の午後4時に担当医と面談の約束を取り付けて、その日は田端の自宅に帰る。
約束の面談の日に予定より15分ぐらい前には病院に着いて、看護勤務室に担当医との面談を申し入れる。入院して丁度2週間が経っていた。30分程待たされ、担当医が来て面談室に案内される。先ず担当医が話し出す。
「肺炎の治療は終えました。心配しておりました心不全の合併症も起こりませんでした。ただ一向に食欲の改善が認められません」
「何故、母の食欲は出て来ないのでしょうか?」
「腹部のエコーまではやってみたのですが、原因は見つかりませんでした。後は胃カメラをやるかどうかですが…」
「食欲がなければ、自宅には帰れませんよね。その後はどうすれば良いのですか?」
「ご希望であれば、胃カメラまでは行いますが…後は療養型の病院に移って頂くしかありませんね」
「この病院では入院が続けられないのですか?」
「申し訳ないのですが、ここは救急の患者さんを受入れるのが中心ですので長期化するご高齢の患者さんには、療養型の病院に移って頂く事になっています。療養型の病院に関しては一階の医療相談室で、お尋ね下さい」
伸枝は少し驚いた。長期化すると、一般病院では入院を続けさせてもらえないのかと初めて知った。
「それでは胃カメラだけは、お願いします」
「分かりました、胃カメラのスケジュールは直ぐに入れます。少しお待ち頂けますか!」
と言うや、医師は脇の電話を取った。数分後には伸枝に向き直り、
「何とか3日後に胃カメラの予約を取れました。万が一、胃癌などの悪性病変が発見されれば別ですが、特別な病気がなければ胃カメラ実施の次の日には退院をお願いしたいのですが…」
次回に続く
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