霜月の夕暮れ(51)

伸枝の迷いは続いていた。自分の仕事と母親の介護の狭間で明日への目標を失っていたのかもしれない。パート社員であってもそれなりの仕事はしたいと云う思いは強い。
一般読者を引きつける取材記事とは何であるのか、そればかりを考えていた。今の彼女には取材の為に色々な場所に出掛けて行く時間がない。となると、身近な所で読者の興味を呼び起こすものを探すしかない。
自分と母の日々を綴った「介護日誌」の様なものであろうか、あの特集もそれなりの反響はあった。それに類いするものだが、それが見つからない。
こんな生活を続けていけば、自分と母の行く末はどうなるのであろうか?
そこまで考えた時に突然、伸枝の頭に何かが閃いた。そうだ、自分が一番思い悩んでいる事を記事として纏(まと)めていけば良いのだと、伸枝は深い暗闇の中から当たり前の課題を探り当てた。
「この国の高齢者介護の行く末は?」
を、テーマに取材を進めて行けば良いのではないのか…。これこそ、正に今日的な重要課題ではないか。毎日の新聞やテレビから沢山の情報は流れて来るが、それらは断片的な知識である事が多い。これらを総合的に分かりやすい資料に作り上げたら良いのではないかと考えて、自分なりの私案を作成してみる事にした。
1)病気→入院→在宅(認知症なし)
これだと、普通のパターンだから問題にはならない。
2)病気→入院→在宅(認知症あり)
この場合は認知症の程度により、ホームヘルパーや訪問看護の導入で家族が、どの程度に対応出来るかだ。
吉子の最初の骨折の時は、デイサービスを取り入れて何とか母親の認知症は改善できた。
3)在宅+デイサービス+老人ホームのショートステイ利用
などが経済的負担は少ない。その分家族の支援と負担が大きい。伸枝もその為に課長と云う社会的地位を断念した。この犠牲は大きい。誰でもが出来る訳ではない。となると、療養病院の世話になるか、老人ホームへの入所となるしかないだろう。
4)病気→入院→療養病院(認知症あり)
  →老人ホーム
と云うパターンが到着点になってしまう。この場合はかなりの経済的負担が伴う。それに一口に老人ホームと言っても高級な「有料老人ホーム」から「老人保健施設」、「特別養護老人ホーム」、「グループホーム」と何種類もあって、
これらを選ぶのも容易ではない。
もちろん、経済的負担も各施設によって違う。サービス内容だって違って来る。経済的負担が軽ければサービスも落ちて来るのが一般的だろう。
伸枝は、これらの施設を自分の足で一つ一つ回ってみた。単なる取材ではなく母親の事があるので、患者家族の立場で施設見学を試みたと言って良いだろう。チェックポイントとしては、先ずは受付け窓口の対応の仕方そして施設内の明るさだ。2011年3月の東北地方太平洋沖地震以来、節電と称して極端に照明の明るさを落としたり、冷暖房も非常識に削ったりしている施設が多くなっている。個室部屋はともかく廊下など寒くて、かなりの厚着をしなければ通れない所もあったりする。
総じて、この様な施設は介護の手も杜撰(ずさん)だ。その分だけ施設費用の自己負担は少し安めかもしれない。
しかし、介護の手が回らないだけ施設内での病気発生率が高く、病院への入院と施設への退院が繰り返される。
次回に続く
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