霜月の夕暮れ(59)

その後はレインシューズのお金を「支払う」の
「受け取らない」で少し揉めたが、この日を境に二人は急速に心を通わせて行った。仕事帰りには、殆んど毎日の様に吉子は田端の輝夫の元に立ち寄った。
その半年後には早くも輝夫は吉子にプロポーズをした。クリスマスの日であった。輝夫は吉子を銀座の「エスコフィエ」に誘い、二人で白ワインを一杯づつ飲んだ後にリボンで結ばれた小箱を吉子の前に差し出した。吉子はわざと、
「これ、な~に?」
と、尋ねた。輝夫は顔を燃える様に紅く染めて…
「な~にって言われたって、つまり結婚して欲しいんだ」
と、決めつける様に言った。
「他に好きな人がいるなら、俺はキッパリと諦めるから…」
と、輝夫の顔には少しばかり悲壮感が漂っていた。吉子は「クスッ」と笑いかけ…
「馬鹿ね、他に好きな人なんかいる訳ないでしょう。輝夫さん、あなたが一番好きよ。プロポーズは喜んで、お受けするわ!」
「吉ちゃん、ありがとう。きっと君を幸せにするから…」
「本当かな、人生は長いのよ。ずっと、ずっと、私を大切にしてくれるなんて何時まで続くかな…?」
「吉ちゃん、またそんなイジワルを言う。何時までも君を大切にするに決まっているじゃあないか!」
吉子は輝夫の手の上に自分の手を重ねて、
「ご免ね、変な事ばかり言って…ただ今が幸せ過ぎて怖いの」
彼は嬉しさに打ち震え、吉子の手を思い切り握り返した。
「痛いわ!」
やや甘えた声で吉子が言う。
「あっ、ご免…」
「本当に好きだったら、もっと優しくして」
「そ、そうだね」
そう謝りつつ、輝夫は吉子の手に指を絡ませて来た。まるで愛撫するかの様に…
正に二人だけのクリスマスだった。世界中が愛しさに満ち溢れていた。そして翌年の5月に二人は結婚式を挙げた。出会いの時から丁度一年が経っていた。輝夫28歳、吉子24歳、昭和38年初夏の季節であった。
吉子は食堂のウエイトレスを辞め、田端の輝夫の店で彼と一緒に靴屋の仕事に精を出した。
昭和31年7月に発表された経済白書で「もはや『戦後』ではない」と言われ、7年が経ち日本経済は加速度的に回復していた。それでも戦後18年を経てまだ大型店舗が少なく、時代は小売店にも優しかった。田端の商店街にあった輝夫の靴屋は30坪ほどの店であったが、それなりの利益はあった。靴の値段は仕入れの倍掛けから2.5倍までが通り相場で、問屋に返品可能な商品は3~4割の上乗せしか出来なかった。倍掛け以上の利潤を得る為には返品が出来ず、仕入れ時の目利きが重要であった。売れ筋の商品を成るべく安く仕入れるのが商売の妙味なのだ。
半年ほど輝夫と問屋に出入りしている間に、吉子はすっかり目利きになっていた。それまでは男物がメインであったが、吉子が嫁いでからは女物の靴が多く売れ出し店の売り上げは倍以上に伸びた。夫婦仲は極めて良く、輝夫の両親も…
「良い嫁が来た…」
と、目を細めて喜んでいた。そんな恵まれた環境のなかで伸枝が産まれ、静子が誕生した。
次回に続く
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