「霜月の夕暮れ(63)

何にしても伸枝は、吉子との食生活にはかなり気を配った。自分の更年期障害と仕事上の板挟みから、吉子の食生活に暗い影を落とし、食欲低下に繋がったと云う深い自責の念があったから…。献立にも色々と配慮を重ねて、和食を中心としたメニューを数多く膳に並べた。さらに毎日の食事時間にも、ゆっくりと時間をかけて母の目を見ながら積極的な話しかけも怠らなかった。季節は夏が終わり、駆け足で秋も通り過ぎようとしていた。
ある時… 
「今日の夕食は天ぷらにしようか?」
と言って、母の顔をチラリと覗き込んだ。あの天ぷら火災から2年近い月日が流れている。あれ以来、母との食卓に天ぷらを並べた事はない。「天ぷら」と云う言葉に吉子がどんな反応をするのか、少しだけイジワルな感情が伸枝の胸の内に働いたのかもしれない。
「天ぷら、食べたい…」
無表情に吉子は答えた。田端の実家に退院してから3ヶ月が経っていた。言葉はかなり出る様になっていたが、相変わらず表情は乏しかった。
1~2ヶ月は良いが、何ヶ月も無表情な母親と二人だけで毎日食事を共にすると云うのは、それなりに苦痛を伴う。それが認知症に伴う症状だと分かっていても、やはり精神的には段々と辛くなる。それでも出来る限り笑顔で接しようとしているが、こんな生活が何時まで続くのかと時には考えてしまう。妹の静子に相談してみた。
「ご免ね、お姉さんにばかり面倒をかけて。本当は私も少しは何かお手伝いをしなければならないと思ってはいるんだけど…そうだ老人ホームのショートステイを一度利用してみたら…」
と言われ、伸枝もその気になりかけたが認知症状が悪化するのではないかとの心配もあって、その決断もつきかねた。
あれこれ思い悩んで、かなり前に診察を受けた大塚駅近くの病院に吉子を連れて行く事にした。レビー小体型認知症だと言ってくれた医師のいる病院である。
都立病院の神経内科でアリセプトを増量され興奮症状が出た時に、適切なアドバイスをしてくれたあの沢本医師の事を伸枝はすっかり忘れていた。
骨折やら肺炎やらで幾つかの病院で入院を繰り返している間に、二番目に行った大塚の病院が記憶の彼方から消え去ってしまったのだ。
伸枝が夫と共にブラジルに行っている間に、吉子の転倒骨折の事故があったりしてアリセプトの服用も全く途絶えていた。それでも伸枝の介護で何とか母の認知症を悪化させずに今日までやって来た。しかし、それも限界に成りつつある。
もう一度信頼出来る医師に相談してみるべきだと云う思いが強くなって来た。11月初旬の水曜日、前もって予約を申し入れ外来受診に母を連れて出かける。久しぶりに沢本医師に会う前に、この2年余りの病状記録を吉子はA4コピー用紙5枚に書きまとめた。
病院に着いて30分程で外来受診となった。
「先生、お早うございます。ご無沙汰していて申し訳ありません」
「え~と、田村さんでしたね。本当に久しぶりですね、その後はどうなさっていました。気にはなっていたのですが…」
「はい、母が骨折したり、肺炎になったりで幾つもの事情が重なり今日になってしまいました。その間の事情はレポート用紙に整理して参りましたので、先生にお読み頂ければ幸いです」
次回に続く
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