霜月の夕暮れ(66)

さらに医師は説明を続けた。
「この脳トレーニングを学校の宿題かの様にお母さんに、ただ一方的に押し付けては駄目ですよ。先ずは貴女が率先してやって見せるべきでしょう!…『さあ、今日はどのくらい覚えられるかな。あっ、6つしか出来なかった。残念無念!…ねえ、お母さんも少しやってみる?』と云ったぐらいのテンションが必要なのです。ともかく毎日ゲーム感覚で実行して行くのが、この脳トレーニングの重要ポイントです。実際に私の認知症外来でも、この脳トレーニングで5割近い人が認知機能の改善に成功しています。少なくても認知症の悪化を見る事はありません」
「そうなんですか、確かに生きている限り私たちは何らかの努力をしなければいけないのですね」
「そうだと思いますよ、若い人は若い人なりに、年寄りは年寄りなりに生き続ける為の努力は必要だと思いますがね…」
そう、淡々と医師は答えた。さらに医師は続けた。
「我々医療従事者の中にも二つの大きな考え方があります。一つは『生命の尊厳』を重んじるか、あるいは『人間性の尊厳』を大切にするかと云う事ですが、この問題もそんなには単純に割り切れるものではないでしょう。また昨今では癌末期の患者さんに不要な延命処置はすべきではないとの見解が一般化していますが、緩和ケアは別の考えですよね」
伸枝は大きく頷いて…
「確かに緩和ケアは必要ですね」
と、答えた。医師は軽く咳払いをして
「問題は認知症の患者さんをどう見るるかです。初期の段階ならともかく、ある程度まで病状が進むと人格崩壊も始まりますが、この時点で『人間性の尊厳』は喪失したものと考えてしまうかです」
「でも、そんな微妙な問題を誰が判定するのですか?」
「そうなんです。判定基準が難し過ぎて、食事が取れなくなったらなどと云う単純な状況で結論づけてしまう事もあります」
「へえ、そんな理由ですか…」
「はい、特に欧米では経口的に食べられるか否かで判断する所が多いですね、認知症の進行した患者さんでは…」
伸枝は幾らか怪訝な顔をして、
「今回、私の母も食欲低下で入院したのですけど、点滴で栄養改善して食欲が戻り元気になりましたよ…先生の今のお話しですと母の点滴は、ただの延命処置になるのでしょうか?」
「そうは申しませんが、北欧では恐らく入院して点滴を付ける様な事はしませんね」
「そう言われますと、デンマークに高校の友人がいるのですが、先生と同じ様な事を話していました。しかし、私たち日本人の感覚では何か同意出来ませんわ!」
「そうですね、仰る通りだと思います。それは、私たち日本人には宗教観と言うか、死生観と言い換えても良いのでしょうが、そう云う道徳観に近い規律が喪われているのです。夫婦間であっても、親子間でもあっても、かつての日本人には一種の線引きの様な物が存在していたのです。 『親孝行』とか『師弟愛』とか云う概念が存在していたのです」
医師は何時の間にか、医療とは関係のない話しに熱を帯びて来た。伸枝は話しの腰を折る訳にもいかず聞いていた。それに、そんな医師の話しに同調出来る事も多く、幾らか引き込まれて行く感じもあった。それ以上に彼女は考えを新たにした。認知症と云う治療は、ここまで問題を掘り下げて行かねばならないのかと…
次回の続く
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