霜月の夕暮れ(68)

その日を境に吉子は、伸枝が一人でやっている脳トレーニングに少しづつ関心を示し出した。8日目には自分でもやり出した。しかし2分間の集中力は続かず、1分間で投げ出した。それでも3問は覚えた。それなりの疲労を感じている様だった。2週間目には何とか2分間だけは集中出来て5問が覚えられた。伸枝は母の頬に自分の手を擦り寄せ、
「お母さん、すごい。まだ若いんだ…やればどんどん出来る様になるよ」
と、賛美を惜しまなかった。吉子も嬉しそうだった。顔の表情も以前よりは少し豊かになっている。
2週間たって、大塚の病院に再度受診に出向いた。この2週間の変化を詳しく伸枝は沢本医師に説明した。何とか脳トレーニングにも応じる様になって来た経緯(いきさつ)を話した。医師は大きく頷いて、
「正に、その方法で良いんです」
と、言ってくれた。
「そうか、脳トレーニングに反応し出すと表情も豊かになって来るのだ。貴女程、生活療法に卓越した人を私は未だ見た事がない。実に素晴らしい。この調子だと抗パーキンソン剤は必要ないですね。アリセプト2mgだけで十分じゃあないですか、貴女の生活療法があれば…」
と、医師はべた褒めだった。あまりの褒められ方に伸枝は少し戸惑った。
「先生、私は何も知らない素人です。ただどうすれば母の気持ちが穏やかで、食事が進むのか手探りでそればかりを考えているだけです」
「そう、そう云う心掛けこそが生活療法の基本姿勢です。手探りと言えば、認知症専門医と雖(いえど)も同じです。誰も確たる治療指針なんか持ち合わせてはいないのです。夫々の患者さんの病状を診ながら試行錯誤を繰り返しているのです。根本治療方法と言えば認知症を引き起こしている病巣部の根治的な除去術しかないのです。しかし、その除去術で全てが解決するかと言えば、恐らくその先にはまた困難な病巣の群れが混在しているのかもしれません」
伸枝はやや不安気な表情で尋ねた。
「先生、一つ失礼な質問をしても良いですか?」
「どうぞ…」
「それでは認知症専門医と、そうでない医師との違いは何ですか?」
「もっともな、ご質問です。簡単に言えば専門医の方が治療法の限界を知っている事でしょうか。その上で少しでも患者さんに役立つ情報を探り続けている事でしょう」
「そんなもんですか…」
「そんなもんですよ。それでも専門医の誤診率は比較にならない程少ないですし、安易な投薬ミスも殆んどないでしょう。だから如何に治療困難な認知症であっても一気に病状を悪化させてしまうなんて事はないです…!さらに重要な事は認知症の患者さんに対して差別的な意識を持つ専門医は誰もいないでしょう」
「えっ、認知症患者さんに差別意識を持つ様な医師がいるんですか?」
「差別意識と言うと語弊がありますが、知識がない為の誤解と言うのが正しい説明でしょう…。多くの人々は未知の事柄には意味のない不安や恐怖心を抱くじゃあないですか、それと同じですよ」
「医療に携わる人たちも同じなのですか?」
「そりゃあ同じだと思いますがね。例えば外科系の医師やナースだと、毎日手術室にいて人間を見るよりは臓器しか見ていないでしょう。そう云う人達から見れば認知症の患者さんなんか、「未知との遭遇」以外の何物でもないんじゃあないですか…」
次回に続く
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