霜月の夕暮れ(81)

話が大きく脱線しているかもしれない。そろそろ2015年の正月に話を戻すべきだろう。田端の実家で伸枝は妹夫婦と久しぶりに夕食を共にしていた。静子の子供達は誰も来なかった。子供も大きくなると親と行動を一緒にするのを厭(いと)う様になって来る。
せめて正月だけは家族全員が集まって一年間のあれこれを語り合うと云う風習は、都心では形骸化しているかもしれない。
2013年からスタートした日銀黒田総裁の「異次元の金融緩和」を旗印とした金融政策でも、国民生活の豊かさは未だ見えて来ない。
さらに「2020年東京オリンピック」開催決定で一時的に盛り上がった日本経済も元気さが取り戻せない。少子高齢化が加速している日本と云う国では社会福祉費の増大が他を圧倒しているのであろうか?
どうやら、それだけが理由ではなさそうだ。そもそもGDP(国内総生産)自体が、他の先進国に比べて殆んど上昇して来ない。国民一人一人の生産力が何故か向上しない。
勤務時間が長くても報われない。
その結果、高齢者への介護、医療費の負担が一般庶民に大きくのしかかり始めている。かつてはゼロだった老人医療費が1割負担となり、食費やオムツ負担なども加わり、長期入院となると年金支給額だけでは賄い切れなくなっている。
そう云った状況下で、本格的な認知症への取り組みは高齢者を抱える一般家庭では、困難この上ない。第一に認知症専門医が極端に少ない。さらに認知症と云う学問自体が未発達な状況で、これと云った特効薬がない。より重要な事は基本的な治療指針さえ未だ確立されていない現状だ。専門医と雖(いえど)も試行錯誤の手探り状態が続いている。
そんな手探り状態の中で、生活療法や脳トレーニングに重きを置く一部の専門医が出て来た。現実に患者によっては生活療法や脳トレの方が効果を上げる例も多かった。伸枝もそんな専門医の一人に巡り会い、ひたすら生活療法に力を入れ今日まで母の介護に努めて来た。
母の吉子は幾つものトラブルを乗り越えて、認知機能は改善して来ていた。この正月、久しぶりに吉子の顔を見た静子は…
「お母さんは思った以上に元気じゃあない、ボケている感じもないし、これだったらお姉さんも楽で良いわね」
と、無神経な言い草で笑っていた。
静子の夫がそばに居なかったら、伸枝は声を荒げていたかもしれない。しかし、正月から姉妹ゲンカもないので胸の内でグッと堪えた。吉子はニコニコ笑って美味しそうに雑煮を食べている。二人だけの生活に妹夫婦が来たものだから、家の中は何時もより賑やかであった。その賑やかさが吉子の気持ちをより晴れやかにしている様だった。朝食と昼食を兼ねた様な遅い食事で時計の針は1時を回っていた。
正月の歌謡番組を見ながら雑煮を食べていた吉子が、突然に目を白黒させた。そばで一緒にテレビを見ていた静子の夫の和幸が、
「おい、大変だ!…餅を詰まらせたみたいだ。静子、掃除機を持って来い」
と、台所で後片付けをしていた妻に怒鳴った。静子は自分の家でもないので掃除機が何処にあるのか咄嗟(とっさ)に判断がつかなかった。
再び和幸(かずゆき)の罵声が飛ぶ、
「何をしているんだ、早く、早くしてくれ」
そう言いながら、自分の手で吉子の口の中から餅の切れ端を懸命に掻き出していた。
次回に続く
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