霜月の夕暮れ(85)

さらに和幸は続けた。
「ともかく、ここで姉妹ゲンカをしていても始まらないでしょう。『現場の事は現場に聞け』と云う格言もあるくらいだから、お姉さんが病院の医師から色々な説明を受けて判断した結論を、静子が今更あれこれ言っても仕方がないだろう。こういう時こそ姉妹が仲良くして、お母さんの1日も早い病気回復を待つしかないんじゃないか。静子、それより夕食にしようよ。腹が空いていると、気持ちも余計にイラ立って来るから…」
そう言われ静子は渋々と夕食の支度にかかった。夕食は御節料理の残りと湯豆腐だった。空腹感は強かったが、何を食べているのか味わう余裕もなく、ただ口に入れているだけだ。食卓には気まずい雰囲気が漂っていた。そんな中で和幸だけが少しでも和(なご)やかな空気を作り出そうと努力していた。
「俺も以前、誰かに聞いた事もあるが気管切開といっても体調が回復して来ると、切開部は自然に閉鎖するみたいだ。もちろん傷口は残るだろうが…静子の心配も分かるが色々な事をあれこれ考えても無意味なストレスが溜まるばかりだろう。こうなったら後は運を天に任せるしかないだろう。そうでしょう、お姉さん…!」
そう言って彼は伸枝に同意を求めた。伸枝もこれ以上の諍(いさか)いを妹と続ける気力もなく、和幸の話に頷いた。
入院して5日目に吉子はICUから一般病室に移動となった。そして8日目に食事が再開された。静子が心配した様に、吉子が何かを語ろうとしても声が言葉にならない。
本人は「伸枝」と呼びかけているのだが、「ホ フ エ」としか聞こえない。酸素も外され肺炎も治ったが、吉子の元気はない。まともな言葉が出せない事にショックを受けているのだろう。伸枝は毎日の様に病院へ出かけては、数時間以上は吉子のベッド脇で休み休み発声練習をさせていた。
その悪戦苦闘ぶりを見ていたナースの一人が、
「そんなに気張らなくても、こうすれば良いんですよ」
と言って、ガーゼで被われた吉子の気管切開部に人差し指をそっと当てた。
「さあこれで、娘さんのお名前を言ってみて下さい」
と、呼びかけた。すると…
「のぶえ」
と、かなり明確な発語が聞かれた。吉子は嬉しそうな顔だった。
「お母さん!」
と言って、伸枝の頬からは熱い涙がこぼれた。その涙を見ながらナースが慰めるかの様に説明した。
「大丈夫ですよ、この気管切開部の跡は徐々に塞がって来ますから。傷の瘢痕としては残りますが、言葉の響きは少しづつ良くなって来ますから焦らずに頑張って下さい」
と言いながら、優しく伸枝の肩に手を置いた。伸枝は思わずナースの手を握り返して
「有難うございます。とても勇気づけられました」
と、素直に感謝の言葉を述べた。
「病は気からと言いますから、何事も諦めない事ですよ。生意気な事を申し上げましたが、私の母も60才代でクモ膜下出血で倒れましたが言語機能は徐々に改善しました。半年以上はかかりましたがね。ともかく何事も諦めない事だと思います」
と言いながら、30才前半と思われるナースは軽い笑顔を残しながら病室を後にした。
次回に続く
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