霜月の夕暮れ(93)

翌朝は6時に目が覚めた。よく晴れた気持ちの良い朝である。久しぶりに熟睡した満足感があった。
7時半に朝食だ。赤だしの味噌汁が絶品である。それより、先ず箸からが違う。通常の角張った割り箸と違い、丸みのある上品な箸に湿り気を付けている。手にした箸の心地良い事、こんな所にまで神経を配らせてあるのだ。江戸末期創業の老舗旅館とは、ここまでこだわるものかと改めて感じ入った。
朝食を終え10時には散策に出た。
厳島神社が目と鼻の先である。
平安時代、平清盛により海上に立つ大規模な社殿が整えられたと言われている。宮城県の松島、京都府宮津市の天橋立そして宮島の厳島が日本三景と称えられている。
厳島中央の弥山(みせん)は標高535mで山頂には巨石が連なっており、山岳信仰の対象であったとされている。
伸枝にとっては2度目の厳島神社であったが、寝殿造りの社殿は日本建築の美の極限とも言える神々しさにうたれる。やはり夫の俊治に勧められるままに厳島に来て良かったと、つくづく考えた。空気の清々しさ、信仰の島の持つ敬虔さなど心の栄養素に溢れている。
気持ちの晴れるまで厳島神社で過ごし、その後は宮島の表参道商店街(清盛通り)をぶらぶらと歩き昼食を摂る。「くらわんか」で広島焼きを食べるが、ボリュームがあり過ぎて1人前は食べ切れなかった。食後も表参道を少し散策して、また紅葉谷公園に出向き桜の木の下で石川啄木の詩集を少し読む。
「いのちなき 砂のかなしさよ 
   さらさらと 握れば指の あひだ      
   より落つ」
「大(だい)という字を百あまり
   砂に書き
   死ぬことをやめて帰り来れり
「ひと塊(くれ)の土に涎(よだれ)し
   泣く母の肖顔(にがほ)つくりぬ
   かなしくもあるか」
「はたらけど
   はたらけど猶(なほ)わが生活(く    
   らし)楽にならざり
   ぢっと手を見る
   目さまして猶」
「公園の木(こ)の間まに
  小鳥あそべるを
  ながめてしばし憩(いこ)ひけるかな」
26才で亡くなった若き歌人、啄木の詩集は読むほどに悲しさが募って来る感じだ。桜の花が一ひら二ひらと伸枝の肩に落ちて来た。
急に小林一茶の
「桜花 何を不足で 散り急ぐ」
の俳句が彼女の脳裏をかすめた。
桜への惜別の情を詠んだ句で、幼少から家族愛に恵まれず故に人一倍人間愛、動物愛、自然畏敬が強かった一茶らしい句だ。
また良寛和尚の
「散る桜  残る桜も  散る桜」
人間の生と死を桜に重ね合わせた
托鉢僧侶の良寛らしい句や、松尾芭蕉の…
「さまざまの こと思ひ出す 桜かな」
など伸枝が学生時代に愛読した詩歌が断続的に浮かび上がって来た。
芭蕉が生まれ故郷の伊賀上野に帰り旧藩主の下屋敷に招かれ、数十年振りに花見をしたところ…
辺り一面が昔のままで花を見るや色んなことを思い出し感無量の気持ちを詠んだ句であると、言われている。
次回に続く
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